広島地方裁判所 平成4年(ワ)1032号 判決 1998年3月24日
原告
金谷修
外七名
右八名訴訟代理人弁護士
相良勝美
同
山田延広
同
胡田敢
同
廣島敦隆
同
中丸正三
同
溝手康史
同
池上忍
被告
株式会社サクラダ
右代表者代表取締役
櫻田優
右訴訟代理人弁護士
長野法夫
同
布施謙吉
同
俵谷利幸
同
二瓶修
同
馬場則行
同
五木田彬
被告
川鉄物流株式会社
右代表者代表取締役
柳澤忠昭
右訴訟代理人弁護士
大藤潔夫
同
太田尚成
被告
広島市
右代表者市長
平岡敬
右訴訟代理人弁護士
石津廣司
同
宗政美三
同
福永宏
右指定代理人
松田幸登
外八名
被告
国
右代表者法務大臣
下稲葉耕吉
右指定代理人
吉田尚弘
外八名
主文
一 被告株式会社サクラダ、同川鉄物流株式会社及び同広島市は、各自、原告金谷修及び同免出ミツ子に対し各金三三二四万六二一四円、同尾中由美子及び同尾中和子に対し各金四七〇四万八四七〇円、同薮田助次郎及び同薮田美恵子に対し各金三三〇万円、同塚本孝信及び同塚本弘子に対し各金三一七三万四一七四円並びにこれらに対する平成三年三月一四日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らの被告株式会社サクラダ、同川鉄物流株式会社及び同広島市に対するその余の請求並びに被告国に対する請求を棄却する。
三 訴訟費用は、原告らに生じた費用を三分し、その二を被告株式会社サクラダ、同川鉄物流株式会社及び同広島市の負担とし、その一を原告らの負担とし、被告株式会社サクラダ、同川鉄物流株式会社及び同広島市に生じた費用はすべてそれぞれの負担とし、同国に生じた費用はすべて原告らの負担とする。
四 この判決は、第一項のうち被告株式会社サクラダ及び同川鉄物流株式会社に係る原告らの勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 原告らの請求
被告らは各自、原告金谷修に対し金五五二七万八三四四円、同免出ミツ子に対し金四六〇六万八三四四円、同尾中由美子及び同尾中和子に対し各金六四七一万三二七六円、同薮田助次郎に対し金二四九四万円、同薮田美恵子に対し金一〇〇〇万円、同塚本孝信に対し金七一四七万三八五七円、同塚本弘子に対し金五九五六万三八五七円並びにこれらに対する平成三年三月一四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 事案の要旨
本件は、平成三年三月一四日、広島新交通システム(現アストラムライン)建設工事において、架設中の橋桁が落下し、作業員を含む一五名が死亡し、八名が負傷した事故について、死亡した一五名のうちの三名の遺族である原告らが、右橋桁架設工事の発注者である被告広島市、同被告から右橋桁架設を請け負った請負業者である被告株式会社サクラダ(以下「被告サクラダ」という。)、同被告の下請業者である被告川鉄物流株式会社(事故当時川鉄運輸株式会社。以下「被告川鉄物流」という。)及びアストラムライン建設に対する補助金を支出した被告国に対して、損害賠償を請求した事案である。
二 前提事実
以下の各事実については、証拠等を掲記した事実は当該証拠等によりこれを認め(認定に供した証拠等は、各事実の末尾に略記した。)、その余の事実は当事者間に争いがない。
1 アストラムライン建設計画
アストラムライン建設計画(以下「本件計画」という。)は、広島市北西部地区の交通渋滞解消を目的として、昭和六一年四月、建設省の新規路線として事業採択されたものであり、昭和六二年一二月一日、アストラムラインを経営する広島高速交通株式会社が設立され、第一二回アジア競技大会広島大会の開催される平成六年の開業を目指して工事が進められていた。(甲二、二〇)
平成三年三月当時、本件計画の範囲は、広島市中区紙屋町二丁目から同市安佐南区長楽寺一丁目までの12.7キロメートルであり、被告広島市は、右区間のうち、建設省担当の施工区間(県庁前駅から中筋駅までの7.1キロメートル)及び広島高速交通株式会社担当の施工区間(本通駅から県庁前駅までの0.3キロメートル)を除くその余の区間(5.3キロメートル)の施工を担当していた(その後、計画区間は同市安佐南区沼田町大塚まで5.7キロメートル延長され、被告広島市の担当区間は合計一一キロメートルとなった。)。(甲二、三二)
2 本件事故の発生
平成三年三月一四日、被告広島市担当区間内の、動物園口駅(現上安駅)と高取駅の間の広島市安佐南区上安二丁目二九番先のアストラムライン建設工事現場(以下「本件現場」という。)において、作業員が、三基の橋脚(以下「本件各橋脚」といい、個別に示すときは、相互の位置関係からそれぞれ「東側橋脚」、「中央橋脚」、「西側橋脚」という。)に橋桁を架設するため、本件各橋脚上のサンドル(仮置台)に仮置きされていた橋桁(以下「本件橋桁」という。)を、ジャッキで所定位置まで降下する作業(以下「本件降下作業」という。)を行っていたところ、同日午後二時五分ころ、操作中であった西側橋脚のジャッキ架台が倒壊したことにより、本件橋桁は、橋軸回りに回転しながら落下し、自動車に乗って現場付近で信号待ちをしていた亡金谷昇(以下「亡昇」という。)及び亡薮田晃久(以下「亡晃久」という。)並びに警備業務に携わっていた亡塚本泰生(以下「亡泰生」という。)が本件橋桁の下敷きとなって死亡した(右事故を、以下「本件事故」という。)。
3 当事者関係
(一) 原告ら
(1) 亡昇は、昭和三七年五月一日生で本件事故当時二八歳であり、家業の塗装業に従事していた。原告金谷修は亡昇の父であり、同免出ミツ子は亡昇の母である。(原告金谷修、弁論の全趣旨)
(2) 亡晃久は、昭和三五年一一月一〇日生で本件事故当時三〇歳であり、トピー工業株式会社に勤務していたが、近々同社を退社して、父親の経営する有限会社丹波精工の後継者となる予定であった。原告薮田助次郎は亡晃久の父であり、同薮田美恵子は亡晃久の母である。また、原告尾中由美子は亡晃久の妻であり、同尾中和子は本件事故後に出生した亡晃久の子である。(原告薮田助次郎、弁論の全趣旨)
(3) 亡泰生は、昭和四五年七月一三日生で本件事故当時二〇歳で、広島経済大学の一回生であったが、春休みを利用して株式会社テイケイ広島にアルバイトとして勤務し、本件事故当日は、本件現場付近の警備業務に携わっていた。原告塚本孝信は亡泰生の父であり、原告塚本弘子は亡泰生の母である。(原告塚本孝信、弁論の全趣旨)
(二) 被告サクラダ関係
(1) 被告サクラダは、橋梁、鉄骨、鉄塔、鉄柱、立体駐車場及びその他の鉄構物の設計製作、組立及び据付け等を事業目的とする会社であり、平成二年九月一〇日、被告広島市と締結したアストラムライン建設工事に係る工事請負契約(以下「本件請負契約」という。)に基づき、本件現場である「第六工区その2」と称する工区に架設する橋桁について、その製造及び据付工事(以下「本件工事」という。)を請け負い、自社の従業員を本件工事に従事させていた。
(2) 神馬清(以下「神馬」という。なお、以下人名は、初出時のみ姓名を記載し、以降は、同姓の者が他にいない限り姓のみを記載する。)は、昭和三七年春に大学(工学部土木学科)を卒業し、同三八年春に被告サクラダに入社した者であって、本件事故当時は、被告サクラダの工事部長を務めていた。(戊一、六)
(3) 小島修は、昭和三七年三月に工業高校を卒業し、同年四月に被告サクラダに入社した者であって、本件事故当時は、市川工場工事部工事第二課長であり、現場代理人として本件工事の指揮監督に当たっていた。(甲七二、七三、戊一)
(4) 小園淳は、昭和六三年三月に大学(工学部土木工学科)を卒業し、同年四月に被告サクラダに入社した者であって、山口県で他の橋梁架設工事の現場代理人補佐をする傍ら、本件工事において、施工計画書作成の補助、橋梁架設工事の現場代理人補佐等の業務に従事していた。なお、小園は、本件工事以前には、現場代理人補佐等として、右山口県での工事を含め、三件の橋梁架設工事に携わっていた。(戊七)
(三) 被告川鉄物流関係
(1) 被告川鉄物流は、土木、建設機械器具等の建設、解体及び修理工事の請負等を事業目的とする会社であり、被告サクラダとの工事請負契約に基づき、自社の従業員を本件工事に従事させていた。
(2) 原田哲は、昭和四五年に高校の普通科を卒業後、川鉄運輸株式会社(現被告川鉄物流)に入社し、以後、一貫して経理、庶務等の事務系の業務に従事してきたが、平成三年二月一五日付けで機工部水島機工課のプロジェクトグループ係長に配置換えとなり、その直後に本件現場に派遣された。原田は、右配置換え以前には、時々クレーンの玉掛作業を手伝ったりしたことはあったが、工事現場に作業員として出たり、現場監督をしたりした経験は皆無であり、本件工事までに橋梁架設工事等の建設工事に携わったことはなかった。(甲七八)
(四) 被告広島市は、本件現場を含む県道高陽沼田線(以下「本件道路」という。)を、道路法一七条一項に基づき管理し、アストラムライン建設工事において、本件現場を含む合計一一キロメートルの建設主体となっていた。
(五) 被告国は、本件計画のうち、被告広島市の担当する工事部分に対して補助金を支出し、その費用を負担していた。
4 本件計画の策定経緯
本件計画の基本計画は、昭和六一年、被告広島市が立案し、大学教授を委員長とする広島新交通システム技術委員会に諮られて決定されたが、その策定経過は次のとおりである。
(一) 昭和六一年三月二八日、被告広島市は、財団法人国土開発技術研究センターに「新交通システム基本設計策定業務」を委託し、昭和六二年三月二五日、その成果品の提出を受けて基本設計を策定した。同年、新交通システム技術委員会において、橋脚の幅一杯に橋桁を置くという構造が決定され、周辺住民に圧迫感を与えないようにとの配慮から、橋脚上部の幅をできるだけ狭めることとされた。(甲三二、乙二二、二三)
(二) 次いで、同年一二月二六日、被告広島市は、株式会社新日本技術コンサルタント(現株式会社ニュージェック)に「広島新交通システム(仮称)駅部詳細設計業務(その3)」を委託し、昭和六三年三月三一日、その成果品の提出を受けて、東側橋脚を含む詳細設計を策定した。(乙二四、二五)
(三) さらに、平成元年七月二七日、被告広島市は、日本交通技術株式会社に「広島新交通1号線一般軌道部詳細設計業務(その23)」を委託し、平成二年一月二三日、その成果品の提出を受けて、中央橋脚、西側橋脚及び橋桁を含む詳細設計を策定した。(乙二六、二七)
(四) 被告広島市建設局都市交通部設計課は、右成果品として提出された設計図等を基に工事価格を積算したが、その過程において、作業方法や作業時間といった施工条件の確定が必要になるため、同年六月、橋梁建設に関する技術の調査、研究等を目的とし、橋梁建設業者等により組織される社団法人日本橋梁建設協会(以下「橋建協」という。)に対し、橋桁の架設工法について検討を依頼した。本件現場付近の道路は、一日に車両一万五〇〇〇台程度の交通量があったので、右検討依頼に際しては、片側車線を利用した対面交通として、通行を可能としたまま施工できる工法であることが前提とされた。(証人小川康彦)
橋建協は、右前提に基づき、トラッククレーンベント工法と横取降下工法とを提案したので、被告広島市は、両工法を基準に工事価格の積算を行った。(甲三二、乙一九、証人小川)
(五) 横取降下工法とは、架設現場に平行して桁下に道路があり、交通の確保等のために桁下空間が利用できない場合、あるいは幅員の広い橋で、自走クレーン車が一側面からしか近寄れない場合等に採用される工法であって、具体的には、ベント工法その他の工法で橋脚上の仮の位置に組立てた橋桁を、ローラあるいはチルタンクと呼ばれるコロの付いた台車で正規の設置場所の直上まで横移動させ(横取り)、H型鋼で組んだサンドルに仮置きした後、ジャッキ数台を使って橋桁を持ち上げ、サンドルのH型鋼の一部を取り去ってはジャッキで橋桁を降ろす(降下)作業を繰返すことで、橋桁を少しずつ降下させて所定位置の沓座に降ろし、固定するというものであった。本件降下作業は、右の工事過程のうちの「降下」にあたるものである。(乙一九)
横取降下工法は、架橋工事においては古くから採用されており、橋建協が作成した「鋼橋のQ&A」という出版物にも載せられている一般的な工法である。被告広島市が建設主体となっていた八工区で、右工法を採用した工事現場は本件現場を含めて一三箇所あり、本件事故当時では、そのうち三箇所で工事が終了していた。(甲二〇、四五)
5 被告サクラダによる受注
以上の経過を経て、被告広島市は、本件工事について入札を行い、被告サクラダがこれを落札したので、被告広島市と被告サクラダは、平成二年九月一〇日、本件請負契約を、請負代金額九七八五万円(消費税込み)で締結した。(甲三)
右契約は、本件現場(第六工区その2)についてのみの契約であり、当初、工期は、本件橋桁の製作期間も含めて平成二年九月一〇日から平成三年三月三一日までとされたが、他の工事現場における同規模の架設工事に比して特に短い工期というわけではなかった。右契約において特に定められた事項は、対象工区、工期及び請負金額のみであり、その他の必要な事項については、被告広島市が定めた「広島市建設工事請負契約約款」(以下「約款」という。)によるものとされた。(甲三、四六、四八、四九)
なお、本件計画のうち、本件工事を含む高架工事については、被告広島市の設立した広島市新交通第一建設事務所(以下「第一建設事務所」という。)が監督するものとされた。(甲二〇)
6 本件橋桁等の形状
(一) 本件橋桁の形状
本件橋桁は、箱形に組立てた一本の橋桁を三本の橋脚(二径間)にわたって架ける形状の桁で、二径間連続鋼箱桁と称するものであり、設計図では、G13―1主桁と呼ばれる二本の主桁のうちの、南側の主桁であった。
桁重量は、58.57トン、寸法は、①桁長63.375メートル、②上フランジ(上板)の幅一九四センチメートル、③下フランジ(下板)の幅一六二ないし一七四センチメートル、④ウェブ(上下フランジに挟まれた部分)の高さ一〇〇ないし一六〇センチメートルで、曲率半径八〇〇メートルの曲線部分を含む曲線桁であり、桁軸線は、北側に曲率中心を持つクロソイド曲線を含むゆるやかな曲線状である。本件橋桁は、軌道間の間隔が変化する地点に架設されるため、その断面は位置によって異なるが、西から東に向かって見たときの一般的な断面は、別紙図面1のとおりである。本件橋桁の上フランジは、一貫して本件各橋脚の南端からはみ出しており、そのため、本件橋桁の重心は、南側に偏っていた。(甲六〇。以下「佐藤鑑定書」という。)
(二) 補強等
本件橋桁の内部には、リブ(補強材)が縦横に配置され、また、本件橋桁と連結されるはずであった北側主桁(「G2桁」と称される主桁。なお、本件橋桁は、「G1桁」と称される主桁である。)と横桁によって連結する断面と、各橋脚上で支承が取り付けられる断面には、ダイアフラム(上下フランジと左右ウェブで囲まれる大きさと等しい鋼板で、橋軸に対し直角方向に、いわば竹の節のような形で配置されるもの)が配置されていた。また、橋桁外部の支承を受ける下フランジには、ソールプレートが取り付けられていたが、本件橋桁には、降下作業に用いるジャッキの設置位置を考慮したリブの補強はなされていなかった。(佐藤鑑定書)
(三) 本件各橋脚の形状等
本件各橋脚の地上高は、それぞれ一〇メートル以上あり、西側橋脚は、東側橋脚より標高差にして約一メートル低かった。また、中央橋脚と西側橋脚では、橋桁の外側面と橋脚の外側面が逆台形の同一面として揃えられていて、本件橋桁が、橋脚の南端ぎりぎりか又は少しはみ出すような形で置かれることになっていた。(甲三二)
なお、本件各橋脚天端の南端から約二五ミリメートル内側の部分は、溶接作業により数ミリメートルの盛り上がりがあった。そのため、降下作業の際、ジャッキ架台を水平に設置することができず、仮に、右盛り上がりのすぐ内側にジャッキ架台を設置したとしても、本件橋桁の荷重に耐え得る強度を有する位置、すなわちウェブとフランジとの交線(以下「ウェブ線」という。)などにジャッキヘッドを当てるためには、ジャッキあるいはジャッキ架台自体を南側に偏心させる、すなわち、H型鋼を交互に直交させた形(以下「井桁」という。)に組まれたジャッキ架台において、H型鋼が交叉する点の直上に置くべきジャッキを右点よりも南側に置くか、あるいは右点自体を中央よりも南側にしてその直上にジャッキを置くかするほかない状況であった。
また、本件橋脚は西側橋脚に向かうほど橋脚天端の表面積が狭くなる設計となっていた上、本件降下作業直前には、沓座、サンドル、足場用単管等が設置されていたこともあって、ジャッキ架台が設置できるスペースは一層制限されていた。
7 本件現場付近の状況
本件現場付近では、本件橋桁が落下した南側道路(二車線)を通行帯としており、東行、西行各一車線ずつの対面通行となっていた。本件現場付近の通行規制については、被告広島市が、道路交通法八〇条一項の規定に基づいて、広島北警察署長と協議をしたが、交通量が一日に車両一万五〇〇〇台と多かったことから全面通行止めとはせず、周辺の通行規制状況等も勘案して、南側道路を通行帯としたものである。なお、被告広島市から被告サクラダに対し、通行止めを提案したことはない。
8 本件事故前日までの本件工事の状況
本件工事は、平成三年二月二〇日に開始されたが、同年三月一日までは、作業に従事する予定のとび職人が遅れて来たり、全く来なかったりする日が続き、作業は遅れがちであった。同月二日以降、作業人数はほぼ一定したが、高所作業経験のない作業員が多かった。(甲四八、七四、七九、八一)
他の工事現場では、作業開始前の朝礼で、その日の作業内容を説明したり、KY活動と称する危険予知のための留意点を確認する活動(危険予知活動)を行ったりしていたが、本件現場では、同月一三日の横取作業の直前に作業内容の説明等が行われた他、危険予知活動はなく、朝礼は一度も行われなかった。(甲七四、七九、八一)
9 本件事故当日の状況
(一) 本件降下作業までの作業状況
本件橋桁は、前日までに横取りを完了しており、本件各橋脚上南側の所定位置のサンドルに仮置きされていた。作業は、ベント(下から橋桁を支えるために橋脚と同じ高さに組まれた鉄骨製の枠組みで、支保工ともいう。)の補強から始まり、その後、調整プレート(沓と沓座の間に差し込み、桁の高さを調整する鉄板)を本件橋脚上に運び上げる作業と、調整プレートをベースプレートに設置する作業が行われた。調整プレート設置作業では、小園が、指示をするとともに率先して作業を行った。右作業には、有限会社日拓工業(以下「日拓工業」という。)から四名が出て作業を行ったが、原田は、設置作業は行わず、調整プレートを運ぶ手伝いをしていた。(甲五三、五四、七六、七七、八二、戊一〇)
(二) 本件降下作業における作業員の状況
日拓工業は、被告川鉄物流と常雇契約を結んでいた株式会社太成建設工業(以下「太成建設工業」という。)と常雇契約を締結し、濱口利見、柳田太、田渋義孝、佐々木健二、椿八郎、中山一彦、一ノ瀬勉、田川剛治の合計八名の作業員を本件工事に派遣していた。太成建設工業と日拓工業との間では、作業員の行う仕事は、いずれも足場工に資材を手渡す「小取り」であって高所作業はさせないとの約束になっており、日当も、橋桁の架設作業の場合と比して七〇〇〇円から一万円ほど安い一万三〇〇〇円から一万八〇〇〇円の間に決められていた。当時、日拓工業の橋桁専門の職人は出払っていて、他の工事の工程の隙をついて、五日から一週間の間のみ、しかも技量の劣る者しか本件工事に回せない状態であった。(甲五五)
濱口は、三〇年を超えるとび職の経験があったが、昭和六三年八月から本件工事直前の平成三年一月一五日まではとび職を離れているなど、継続してとび職の仕事に就いていたわけではなかった。また、濱口は、橋梁工事の高所作業は経験がなく、ジャッキ操作も、地組みと呼ばれる地上での仮組みの際の操作経験はあるが、高所での操作経験はなく、ジャッキ架台のH型鋼は井桁に組む、ジャッキヘッドはウェブ線に当てるといった基本は理解していたものの、自分が実際にジャッキ架台を組んだことはなかった。(甲五三、五四)
柳田は、平成二年一〇月ころに入社した者で、約五年程度のとび職の経験を有していたが、日拓工業在職中は、橋梁架設工事への従事やジャッキ操作をしたことはなかった。(甲五五)
田渋は、同年八月ころに、佐々木は同年五月ころにそれぞれ日拓工業に入社したが、両名ともそれまでにとび職の経験はなく、入社前は眼鏡の加工、販売をしていた。また、橋梁架設工事への従事及び高所でのジャッキ操作は、両名とも本件工事が初めてであった。(甲五五、六二、六五)
右四名のうち、田渋と佐々木は平成三年三月七日から、柳田は同月一二日から本件工事に従事していたが、濱口は、本件事故当日である同月一四日に、初めて作業に加わった。(甲五三、六五)
(三) 本件降下作業の概要
本件降下作業における予定降下総量は、東側橋脚四〇五ミリメートル、中央橋脚二三〇ミリメートル、西側橋脚二九八ミリメートルであった。右作業は、数回にわたってサンドルを組み替えながら予定位置まで降下するものであり、一回につき一〇〇ミリメートルずつ降下する作業を、東側橋脚、中央橋脚、西側橋脚の順で繰り返す予定であった。(佐藤鑑定書、甲七七、戊七)
サンドルは、一〇〇ミリメートル×一〇〇ミリメートル×六ミリメートル×八ミリメートルで、リブのないH型鋼(以下「H一〇〇鋼」という。)と、二五〇ミリメートル×二五〇ミリメートル×九ミリメートル×一四ミリメートルで、両端にリブが付いたH型鋼とで組まれ、ジャッキ架台は、H一〇〇鋼で組まれた。なお、リブのないH型鋼は、中心の縦棒に対して直下に力がかかる場合は一定の耐荷力があるものの、力のかかる位置が中心からずれたり、力が斜め方向からかかったりすると、簡単に挫屈するおそれがあるため、通常、ジャッキ架台にリブのないH型鋼を使うことはない。(甲七四)
また、ジャッキは、いずれも二五トン用のジャーナルジャッキが使われたが、油圧ジャッキと異なり、ジャッキにかかる反力は表示されないものであった。
(四) 東側橋脚及び中央橋脚での作業状況
本件降下作業は、調整プレートが設置された後、午前一一時ころから開始された。
まず、東側橋脚での降下作業は、調整プレート設置作業をした日拓工業の四名(濱口、柳田、佐々木、田渋)と小園によって行われた。原田は、本件橋桁の降下量を測ったりした他は、特に作業はせず、他の五人がジャッキ架台設置及びジャッキ操作を行うのを横で見ていた。(甲六五、七九)
当初、降下作業に使う予定のジャッキは二台であり、北側のジャッキ(別紙図面2のJE2。以下、ジャッキを示すときは、同様に別紙図面2の表示による。)については小園が、南側のジャッキ(JE1)については濱口がそれぞれのジャッキ架台を設置した。本件橋桁は、南側が重く、二台のジャッキでは上がらなかったため、JE1の西隣に追加ジャッキを一台増設することにし、ジャッキ架台は、濱口が設置した。小園は、作業の途中で東側橋脚から降り、その後は、本件降下作業の監督には戻らなかった。(甲五三、七七)
次いで、昼食を挟んで中央橋脚での降下作業が開始されたが、中央橋脚は既に沓が据え付けられていたため、当初予定されていた三台のジャッキ(JC1、JC2、JC3)では本件橋桁が上がらなかった。そこで、JC3の東側に一台、追加ジャッキを増設した後、降下作業が行われた。なお、ジャッキ架台は、四台とも濱口が中心となって設置した。(甲五三)
右降下作業中、ベントの移動作業の他に、橋桁や橋脚に設置された吊り足場の板の目詰め作業も並行して行われていた。本件橋桁南側には、朝顔と称する防護ネット(地上に材料、工具等が落ちないよう防護するために設置するネットで、吊り足場と一体になっているもの)が桁に沿って斜めに設置されていたが、朝顔は降下作業中も南側に向かって開いており、折からの北風を受ける形になっていた。(甲五〇ないし五三、七九)
(五) 本件事故の発生
(1) 中央橋脚での作業終了後、濱口らは西側橋脚での降下作業に移ったが、ベント移動作業及び吊り足場板の目詰め作業は、そのまま続けられていた。(甲五〇、七七)
西側橋脚では、当初ジャッキ二台(JW2、JW3)で作業する予定になっていたが、ここでも南側が上がらなかったため、南側にジャッキ一台(JW1)を増設することにした。右ジャッキ三台の各架台は、いずれも濱口が設置した。(甲五三)
(2) 西側橋脚での降下作業開始直前、主として本件橋桁を支えていた支点は、東側橋脚及び中央橋脚の各サンドル(別紙図面2のE1、E2、C1、C2。以下、サンドルを示すときは、同様に別紙図面2の表示による。)並びに西側橋脚のJW1、JW2、JW3であった。
ア 支点の場所
一般に、リブで補強していない下フランジ部分は変形し易いため、支点位置としては、ウェブ線上下又は下フランジとダイアフラムとの交線(ダイアフラム線)上を選ぶ必要があるが、右支点のうち、ウェブ線上に設置されていたのはE1、E2、JW2、JW3の四箇所であった(ただし、JW2は一部が右線上にかかっていたにすぎなかった。)。中央橋脚の支点であるC1、C2は、本件橋桁に既にソールプレートが取り付けられていたこと及び本件橋桁の南側ウェブ線が橋脚の南端より更に約七〇ミリメートル南にあったことから、適切な位置に設置できなかったものであり、また、JW1は、臨時に設置されたジャッキであったため、既設の単管等により設置場所が制約されており、かつ本件橋桁の南側ウェブ線が橋脚の南端とほぼ同一鉛直上にあったことから、ウェブ線より約一〇〇ミリメートル内側に設置されたものである。(佐藤鑑定書)
イ JW2、JW1のジャッキ架台の構造及び耐荷力
JW2のジャッキ架台は、H一〇〇鋼六本を二列ずつ交互に直交させて三段に重ねた井桁の形に組んだものであったが、JW2のジャッキヘッドをウェブ線上に当てるために、ジャッキは南側に偏心した形でジャッキ架台に置かれ、全体として不安定であった。そのため、耐荷力は、偏心していない場合には18.2トンであるものが、一〇トン程度しかない可能性があった。(佐藤鑑定書)
また、JW1のジャッキ架台は、前記のとおり、設置場所が制約されていたため、井桁ではなく、H一〇〇鋼一列を上中下三段に方向を一致させて重ねた形(以下「一列三段」のようにいう。)に組まれており、一見して不安定であって、その耐荷力は、一二トン前後であった。(佐藤鑑定書、甲五三、五四)
(3) 東側橋脚及び中央橋脚でそれぞれ一〇〇ミリメートルの降下作業を終え、西側橋脚で降下作業に着手した作業員は、JW1、JW2、JW3を上げて本件橋桁をジャッキアップし、西側橋脚上のサンドルであるW1及びW2を組み替えた。JW1、JW2の設置態様は、前記のように共に不安定であったため、これら両支点がほぼ等しい支点反力を分担している間は安定しているものの、わずかな反力の変動により突然耐荷力を超える可能性があったが、右ジャッキアップは手動によるものであったことなどから、JW1とJW2の支点反力が均等になるように操作をすることができなかった。そのため、JW1又はJW2のいずれかの支点反力に変化が生じ、その瞬間にJW1又はJW2のいずれかで耐荷力を超え、他方も反力を支えきれなくなって、JW1、JW2がほぼ同時に倒壊し、その結果、本件橋桁は、橋軸回りに半回転しながら南側道路上に落下した。(佐藤鑑定書)
第三 争点及び当事者の主張
一 争点
1 被告サクラダは、本件事故について、民法七一五条により損害賠償の責任を負うか。
2 被告川鉄物流は、本件事故について、民法七一五条により損害賠償の責任を負うか。
3 被告広島市は、本件事故について、民法七一六条但書又は国家賠償法一条若しくは二条により損害賠償の責任を負うか。
4 被告国は、本件事故について、国家賠償法三条により損害賠償の責任を負うか。
5 損害額
二 争点についての当事者の主張
1 争点1(被告サクラダの損害賠償責任)について
(原告ら)
(一) 被告サクラダの従業員である神馬、小島及び小園には、本件工事の施行に関して以下の過失が存在する。
(1) 神馬は、被告サクラダの工事部長であって、工事の統括責任者として、工事が安全に施行されるよう指示する地位にあり、それに相応する権限及び責任があった。
そして、神馬は、平成三年三月一三日、本件現場において横移動作業を指揮、監督した際、本件橋桁及び本件橋脚のデザイン上の特性並びに足場用単管等によりジャッキ架台を適切に設置しにくい状況を認識し、かつその翌日の同月一四日に予定された本件降下作業において、ジャッキ架台用資材として耐荷力の劣るリブなしH型鋼を使用すること及び転倒防止ワイヤーは設置しないまま本件降下作業を行うことを予想し得た。したがって、神馬には、小島に本件降下作業の作業計画を確認し、小島に対して、適切なジャッキ及びジャッキ架台の設置方法並びに転倒防止ワイヤーの設置を検討するよう指示すべき注意義務があるのにこれを怠り、小島に対して何らの指示もせず、漫然、本件降下作業を行わせた過失がある。
(2) 小島は、現場代理人として、本件降下作業を実施するに当たり、予め本件各橋脚上の状況を検討し、ジャッキ架台の設置位置や組み方、ジャッキヘッドを当てる位置や方法等の作業計画を検討し、かつ転倒防止ワイヤーを設置した上、自ら右計画に基づいて本件降下作業を指揮、監督するか、小園に右監督を行わせる場合には、小園に対し、右計画の内容を具体的に指示して本件降下作業の指揮、監督に当たらせるべき注意義務があった。また、小島は、本件降下作業開始後、小園が原田や作業員らに右作業を任せたまま自らは指揮、監督に当たっていないことを知ったのであるから、小園を本件降下作業の現場に復帰させ、その指揮、監督の下に右作業を行わせるべき注意義務があった。ところが、小島は、前記作業計画を検討することなく、転倒防止ワイヤーも設置しないまま、同月一三日、小園に対し、漫然と本件降下作業を指揮、監督するよう指示したのみで、小園に対しジャッキ及びジャッキ架台の設置方法等について具体的な指示をしなかった上、同月一四日午前一一時過ぎころ、小園において、橋桁等重量物の降下作業について十分な知識がなく、したがって監督者なしでは同作業を適切に遂行する能力がない原田及び作業員らに本件降下作業の遂行を任せ、小園自らが右作業の指揮、監督をしていないことを知りながら、これを放置し、自らもその指揮、監督をせず、漫然本件降下作業を続行させたものである。したがって、小島には、前記注意義務を怠った過失がある。
(3) 小園は、現場代理人補佐として、同月一三日、小島から、漫然と本件降下作業を指揮、監督するように指示されたのであるから、ジャッキ架台の設置位置や方法等ジャッキ作業の問題点について小島の注意を喚起すべく、ジャッキ作業の具体的内容等について小島に指示を求め、転倒防止ワイヤーの設置を小島に進言し、かつ、本件降下作業に際しては、自ら作業員らを指揮、監督して、適切にジャッキ及びジャッキ架台を設置して右作業を行うべき注意義務があった。しかし、小園は、小島に何ら指示を求めることも、転倒防止ワイヤーの設置を進言することもせず、かつ、同月一四日午前一一時過ぎころ、東側橋脚において本件降下作業を開始するに際し、橋桁等重量物の降下作業について十分な知識がなく、したがって監督者なしでは右作業を適切に遂行する能力がない原田及び作業員らに対し、一〇〇ミリメートルずつ東側橋脚からG1桁を降下すべき旨の指示をしたのみで、監督者のないまま、原田及び作業員らに本件降下作業をすることを委ね、自らは右作業現場を離れて、以後本件降下作業の指揮、監督をしなかったものである。したがって、小園には、前記注意義務を怠った過失がある。
(二) 神馬、小島及び小園は、被告サクラダの従業員であり、本件事故による損害は、右三名が被告サクラダの職務に従事するにつき発生したものであるから、被告サクラダは、右三名の使用者として、民法七一五条の損害賠償責任を負う。
2 争点2(被告川鉄物流の損害賠償責任)について
(原告ら)
(一) 原田は、被告川鉄物流の従業員で、被告サクラダと第二次下請けの太成建設工業との事務連絡、資材調整のため被告川鉄物流から派遣された者である。前記のとおり、原田には本件降下作業を独自で適切に遂行し得る能力はなかったが、現場作業について全くの未経験者というわけではなく、実際にも、作業員らに監督さんと呼ばれながら寸法の指示を出し、横取作業時には位置調整を手伝うなどしていた。したがって、原田の注意義務の有無及び程度は、全くの素人としてではなく、工事関係者としての一般通常人を基準に判断されるべきである。
(二) 原田は、作業の遅れが気になったことと、ゆくゆくは技師としての仕事をしたいと思っていたことから、頻繁に作業現場に出向き、作業状況を見ていた。したがって、原田は、本件工事の進捗状況や作業内容を把握し、本件橋桁の形状が逆台形で、重心が南側に偏っていること、西側橋脚では、G1桁の南側ウェブ線が同橋脚南端とほぼ同一鉛直線上にあること、西側橋脚上は作業スペースが極端に狭いこと等を十分に認識していたし、本件橋桁の横取作業及び本件降下作業において、ジャッキ及びジャッキ架台の組み方の適正さが要求されることも、十分に認識していた。
また、原田は、本件工事に従事している作業員につき、その多くは技量が未熟であり、経験、技量のある作業員は極端に少ない状況にあることをも認識していた。
以上のところから、原田は、監督能力のある監督者が不在のまま、作業員らによって本件降下作業を進めさせれば、本件橋桁の重心が南に偏っていたこと、本件橋桁自体が橋脚の南端に仮置きされていたこと、作業スペースが極端に限定されていたこと等から、不適切なジャッキ操作あるいはジャッキ架台の組み替え等により、本件橋桁が転落すると予見することが可能であったというべきである。
(三) そして、小園が、一〇〇ミリメートルずつ東側橋脚から本件橋桁を降下すべき旨の指示をしたのみで、原田及び作業員らに本件降下作業をすることを委ねた際、原田が右依頼を断らなかったことが、小園らによる監督の欠如の一要因となったことは明らかであるから、原田には結果回避可能性があったというべきである。また、原田の返答如何によらず、小園が監督に留まることはなかった(原田には小園を引き止め得なかった)と仮定してみても、小園の依頼には、異変があれば連絡するようにとの趣旨も含まれていたのである。原田が、右依頼の趣旨を汲んで適切に作業を監視又は監督していれば、本件事故は回避し得たといえるから、右の意味でも、原田には結果回避可能性があったというべきである。
したがって、原田には、本件降下作業の監督の依頼を断るか、又は、監督を引き受けた以上は、右依頼の趣旨を汲んで適切に作業を監視又は監督すべき注意義務があったにもかかわらず、それらを怠った過失がある。
(四) 原田は、被告川鉄物流の従業員であり、本件損害は、原田が被告川鉄物流の職務に従事するにつき発生したものであることから、被告川鉄物流は、その使用者として民法七一五条の損害賠償責任を負う。
(被告川鉄物流)
(一) 原田は、高等学校普通科の卒業であり、被告川鉄物流においても事務職しか経験しておらず、橋梁工事の専門的知識、技能、経験のいずれもないのであるから、本件降下作業を監督する能力はなかった。小園は、原田に監督能力がないことを承知していたのであるから、原田に本件降下作業の監督を任せるはずがなく、原田が任務外かつ自己の能力を超える監督を引き受けたこともない。小園は、原田に対し、連絡役を兼ねた見張りを依頼し、原田は右役割を引き受けたに過ぎないのである。
(二) 原田は、作業員派遣等に関する連絡及び調整並びに資材調達を担当する、いわゆる事務屋として、本件工事に派遣されている。本件工事において、原田は吊り足場作業に関わってはいるものの、小島の指示に従って、判断を要しない範囲の作業を行ったに過ぎない。ジャッキ架台の組み方についても、井桁状に組む方が安定性がよいこと、ジャッキもジャッキ架台も偏心させない方がよいことは承知していたが、これらのことは、ごく一般的常識的なことであり、偏心の程度がどの程度であれば危険か等を判断することはできなかったのであるから、原田には、具体的に本件降下作業の危険性を予見できる能力はなかった。
(三) また、本件工事の着工が遅延し、工程が急がれていたこと、小園は、作業員の濱口らの能力を信頼していたこと、小園自身に本件橋桁の転落の危険性に対する真剣な意識はなく、仮にあったとしても、必要な転落防止策を小園が採用し又は採用し得た可能性はなかったことに鑑みれば、小園が指揮、監督に留まれば結果を回避できたという可能性は認められない。
3 争点3(被告広島市の損害賠償責任)について
(原告ら)
(一) 本件工事の状況
(1) 被告サクラダによる施工状況
本件降下作業は、橋桁の形状や実際の作業上の制約から、経験、知識を有する監督の下に、適正な器材を使用して、熟練した作業員によって行われる必要があった。また、転落の危険を考慮し、作業箇所の下の道路を通行止めにし、転倒防止ワイヤーを設置して作業を行う必要があった。
しかし、被告サクラダの作業状況は以下のとおり杜撰なものであった。
ア 被告サクラダ作成の施工計画書は、前記の本件橋桁の形状の特徴にもかかわらず、本件降下作業時のジャッキ架台の設置位置、構造及びジャッキヘッドを当てる位置、方法等を全く検討しておらず、安全対策についても抽象的に記載されているだけの杜撰なものであった。
イ 被告サクラダは、器材として耐荷力の劣るリブなしH型鋼を用い、手動式のジャーナルジャッキで作業していた。また、橋桁に転倒防止ワイヤーも架けておらず、作業箇所の下の道路を通行止めにすることもしていなかった。
ウ 被告サクラダの工事現場は、作業員が時間どおりに集まらず、朝礼や危険予知活動も行えない状態であった。公共工事においては専任であることが要求され(建設業法二六条三項)、現場に常駐すべき主任技術者の押尾泰久は現場におらず、被告川鉄物流の従業員で現場監督とされた原田は、作業の知識、経験がないため、現場監督ができる能力を有していなかった。
エ 本件工事現場の工程は、遅れが深刻な状況であった。被告サクラダが、リブ付きH型鋼の手配が間に合わないままに、リブなしH型鋼を用いて、一回当たりの降下量が一〇〇ミリメートルという。他の工事現場の二倍ないし三倍の降下量で本件橋桁を降下させるものとし、かつ通常の架設工事では行われない並行作業を行っていたのは、工程が遅れていたことによるものであった。
(2) 他の工事現場の状況
アストラムライン建設において、橋桁の形状の特殊性からくる工事の危険はどの工事現場にも共通のものであったが、横取降下工法を採用した他の工事現場では、高架作業時のジャッキ架台の設置位置、構造及びジャッキヘッドを当てる位置、方法等について事前に検討し、これに基づいて降下作業を行っていた。また、作業器材には、強度の優るリブ付きH型鋼を用い、ジャッキにかかる反力が判る油圧ジャッキを使用して降下作業を行っていた。そのうち、なおも転落の危険があることを理由に工法が変更された工事現場が二箇所、降下作業の直下になる東行車線を通行止めとして、交互通行とした工事現場が一箇所あった。
(3) 被告広島市の監督権限
建設省が出した「市街地土木工事公衆災害防止対策要綱」(以下「要綱」という。)は、公共工事における事故の防止について、施工業者のみならず起業者側の措置も必要であるとし、起業者は、要綱に基づいて必要となる措置をできるだけ具体的に明示しなければならないとしている。要綱が、地方公共団体が、市民の生命、財産の安全を保護すべき一般的責務を負っていることを前提として、公共工事においては、工事の安全確保を施工業者だけの責務とはせず、発注者である地方公共団体が公衆災害防止のために、種々の具体的な対策を講じることを要請していることは明らかである。
また、約款によれば、本件工事の監督員は、不適切な作業員の変更請求、材料検査、仕様書に適合していないことを理由とした改造請求、緊急やむを得ない場合の臨機の措置の請求などができると規定されている。右規定及び「広島市請負工事監督規程」(以下「監督規程」という。)に鑑みれば、監督員は現場に常駐し、安全管理上の具体的な措置を指示することができる権限を有していたといえる。
(4) 被告広島市の認識
被告広島市は、第一建設事務所を設立し、アストラムライン建設工事のうち、本件工事を含む高架工事を監督させた。第一建設事務所の業務は、工事の監督、工事の進行状況の聴取、安全対策、危険工事の監督・監視・改善命令等であり、技師や主任技師が、元請のみならず下請業者も直接間接に指示、監督できる監督員として工事を監督する一方、第一建設事務所長の井丸猛が各監督員を指揮監督することとされていた。具体的には、個々の監督員が工事の作業上の問題点や安全対策等について気付いたことは、その都度、井丸に報告されるシステムになっていて、井丸が監督員を指示、指導していた。また、第一建設事務所は、定期的に監督員や現場代理人を集めた工程会議を開いており、安全対策も右会議の内容となっていた。
したがって、被告広島市は、本件工事を含むアストラムライン建設工事を、組織的に監督する体制にあったといえるから、本件事故の予見可能性を基礎づける被告広島市の事実の認識の程度は、本件工事の監督員である今岡教の認識のみならず、井丸や他の監督員の認識も含めた、組織体としての被告広島市について考えるべきである。
そして、今岡は、大学の土木工学科を卒業して監督員の経験もかなりあり、井丸は、土木工学の専門家であったのだから、両名とも本件橋桁の形状の特殊性や降下作業の危険性のみならず、被告広島市に提出された被告サクラダの施工計画書が杜撰なものであることも認識していた。また、今岡は、本件現場の監督員として、被告サクラダの使用器材、作業員の資質及び作業の監督等に問題があること、工程の遅れが深刻で作業を急ぐあまり、杜撰な安全管理がなされる危険性があったことを認識しており、井丸と今岡は、工程会議での他の監督員からの報告を通じて、被告サクラダの作業と他の工事現場での作業との間に、工法等において様々な差異があったことを認識していたのであるから、被告広島市としても、右事情を認識していたといえる。
(二) 民法七一六条但書の責任について
(1) 請負契約において、注文者は、自分の注文又は指図と損害との間に因果関係が存する限り自分の行為に対する責任として損害賠償義務を負担するものであり(民法七一六条但書)、同条にいう「注文又は指図につき過失があるとき」とは、注文者が、第三者に対する加害が予見されるような仕事のやり方を積極的に注文又は指図する場合のみならず、加害を防止すべき措置を指示すべきであるのにそれを怠ったという場合も含まれると解される。
注文者の責任は、注文者が経済的、技術的に請負人を凌駕するものである場合、中でも注文者側による請負仕事の監理が行われる場合や、特に危険性の大きい仕事の請負については、注文者の責任を民法七一五条の使用者責任に近づけて重くすべきである。被告広島市は人口一一〇万人の政令指定都市であって、技術水準も高度であるし、本件工事は、監督員による工事の監理も行われ、橋梁架設工事という危険性の大きい仕事でもあったから、まさに、被告広島市の責任を使用者責任に近づけて解釈すべきである。
注文者の責任における過失については、注文者には、予見又は予見可能性を基礎として適切な事故防止措置を自ら講じ、又はこれを指示する義務があり、右義務を果たしているか否かによりその存否が決せられるのであるが、注文者の技術水準が、国又は地方公共団体のように請負人と同等もしくはそれ以上である場合は、より高度の注意義務が課せられる。したがって、被告広島市にも、本件工事の安全性の確保につき万全を期する高度の注意義務が課せられるべきである。
(2) 前記(一)(4)のとおり、被告広島市は、本件工事が特殊かつ危険性が高いものであることを認識していたのであるから、その発注に当たって、被告サクラダに対し、設計段階において自ら検討した項目やデータを伝達し、本件橋桁の構造に由来する危険性、特殊性を踏まえた施工計画を作成するよう、指導、監督すべき義務があった。また、被告広島市は、他の工事現場の作業に比して被告サクラダの作業状況が杜撰であって、危険性が高いことをも認識しており、被告広島市の監督員には、被告サクラダに臨機の措置を講じさせる権限があったのであるから、被告広島市は、被告サクラダに対し、本件降下作業中の本件現場付近の道路の通行止め、転倒防止ワイヤーの設置、工法変更、適正な人材と器材の使用等の安全管理上の具体的措置を指示すべき義務があったというべきである。
しかし、被告広島市は、被告サクラダに対し、本件橋桁の構造に由来する危険性等の指摘をせず、その他安全管理上の具体的措置を何ら指示しなかったのであるから、右義務を怠ったものであって、被告広島市には、民法七一六条但書の責任がある。
(三) 国家賠償法(以下「国賠法」という。)一条の責任について
(1) 今日、国賠法一条の責任は、公務員による命令強制を伴う作用(権力的作用)のみならず、非権力的な行政活動であっても、公益的行政作用には広く適用されると解されている。したがって、被告広島市による本件工事の監督も、公権力の行使にあたるものである。
(2) 前記事情によれば、被告広島市の職員である井丸及び今岡は、本件事故の予見可能性及び結果回避可能性があったにもかかわらず、本件工事を適切に監督しなかったものであるから、職務執行につき過失がある。
また、本件事故当時、被告広島市の都市交通設計課長であった小川康彦には、本件降下作業中に本件現場付近の道路を通行止めにして工事を施行するよう計画を立案しなかった過失がある。
よって、被告広島市には、国賠法一条による責任がある。
(四) 国賠法二条一項の責任について
(1) 国賠法二条にいう「瑕疵」とは、「営造物が通常有すべき安全性を欠いていること」と解されるところ、同条は、憲法一七条の被害者救済の精神を公の管理にまで広げ、無過失責任を認めることにより被害者を救済しようとの趣旨の規定であるから、個々の事件の判断にあっては、被害者救済のためできるだけ被害者に有利に解釈すべきである。
そして、仮に、営造物の客観的な形状に欠陥がなく、性状自体の瑕疵が認められない場合であっても、瑕疵の有無の判断においては、その営造物が供用目的に沿って利用されることとの関連において、危害を生ぜしめる危険性があるか否かも考慮すべきであり、右危害は、営造物の利用者に対してのみならず、利用者以外の第三者に対するそれを含むものとして判断されるべきである。
(2) 本件道路は、県内北西部と広島市内を結ぶ幹線道路であり、多くの交通の用に供されていたのであるから、本件橋桁が落下したこと自体から、本件道路は、通常備えるべき安全性を欠いていたということができる。
また、被告広島市は、前記(一)の状況を十分認識していたのであるから、本件事故の発生を予想し得たのであり、本件道路の設置管理者として、本件降下作業時間内だけでも本件現場付近を通行止めにするか、又は本件降下作業を夜間工事とすべきであったといえる。
したがって、本件道路には、道路として利用されることとの関連において、危害を生ぜしめる危険性があったということができる。
よって、被告広島市には、国賠法二条一項の責任がある。
(被告広島市)
(一) 民法七一六条但書の責任について
(1) 総論
本件事故は、被告広島市が注文し、被告サクラダが請け負った工事において発生したものであるから、その責任は、請負人たる被告サクラダが負うのが原則であり、被告広島市は、具体的な注文又は指図自体に過失がない限り責任を負わない(民法七一六条但書)。
確かに、右の「注文又は指図の過失」には、注文自体に欠陥があったり、注文者が積極的になした指図に誤りがあったりした場合の他、注文者として当然なすべき指図をしなかった場合も含まれる。
しかし、注文者が積極的に損害防止策を指図すべき注意義務を負うのは、請負に係る仕事により第三者に損害を及ぼすことが予見可能であることに加えて、注文者がその仕事に関し、請負人と同程度ないしそれ以上に専門的な知識、技術を持っているか、あるいは請負に係る仕事が第三者へ損害を与えることを極めて容易に知ることができる場合であることを要するものである。
また、仮に、注文者において、請負に係る仕事が第三者へ損害を与えることを極めて容易に知ることができる場合であったとしても、注文者が請負人に対してなすべき指図は、原則として事故防止のための一般的指図の範囲に留まり、個別具体的な作業上の指図にまで及ぶものではない。
(2) 積極的な注文又は指図における過失の不存在
被告サクラダは、橋梁工事の専門業者として豊富な実績のある会社であり、本件工事を実施するのに十分な知識、経験を有していた。また、横取降下工法は、交通を確保しつつ高架工事を行う際の一般的な工法であって、橋建協からも推薦を受けた安全なものであった。そして、本件橋桁及び本件各橋脚の設計はいずれも専門業者に委託されたものであり、佐藤鑑定書によっても明らかなとおり、本件橋桁の構造自体が転倒をもたらすものではない。なお、本件工事の工期は、橋桁の製造も含め、平成二年九月一〇日から平成三年三月三一日までの約七箇月間であったが、右工期は他の工事現場と同様であり、降下作業を安全に行う日程を十分に確保できるものであった。
したがって、被告広島市には、請負人選任、工法選定、設計、工期の設定のいずれの点においても、注文又は指図における過失はないものである。
(3) 指図をしなかった過失の不存在
ア 前述のとおり、被告広島市に対して指図をしなかった過失を問うためには、被告広島市が、本件工事により、本件橋桁が道路上に落下するという事故が発生することを容易に認識し得、かつ、原告が主張する指示、命令が、注文者としてなすべき指図の範囲内に属していることが必要である。
しかし、本件事故は、被告サクラダによる作業上の基本的常識に反する過誤によって生じたものであり、いわば橋梁架設の専門業者によるものとも思えないような事故である。したがって、橋梁架設の専門知識を有しない被告広島市には、その発生など到底予測できなかったものである。他の工事現場が工法を変更したのは事実であるが、それをもって、被告広島市及びその職員が本件事故を予測し得たということもできない。
イ また、最終工程表提出以後、本件工事はほぼ工程表どおりに行われていて、本件事故当日の時点での遅れは一日であった。この程度の遅れは誤差の範囲といえるものであるから、これによって被告広島市が本件事故を予測できたとすることもできない。
ウ 被告広島市の監督は、工事が契約書どおり施行、完成されることを確保するためのものであり、施工計画書や工程表を提出させるのも、右目的のために過ぎない。また、監督員は、工事現場に常駐するものでもない。したがって、被告広島市は、請負業者の具体的な作業やその作業員の能力までは把握しておらず、本件現場の監督員であった今岡は、被告サクラダがリブなしH型鋼を使用していたことや、他の工事現場においては油圧ジャッキを使用していることを知らなかったし、被告サクラダの作業員が熟練者ではなかったことも知らなかった。井丸についても同様である。
なお、右の被告広島市の監督業務に鑑みれば、被告広島市のなすべき指図は一般的指図で足り、使用器材、ジャッキの設置位置及びジャッキ架台の組み方等の個別具体的な作業上の指図まですべき義務はない。そして、被告広島市は、本件請負契約の一部として、被告広島市が規定した土木工事共通仕様書により要綱の遵守を求め、その他の文書によって作業中の安全対策に留意するよう指示をしているものであるから、被告サクラダに対してなすべき指図は、十分にしているものである。
エ 被告広島市は、本件工事が多数の車両が通行する道路上で行われていることから、落下物があれば災害発生のおそれがあるとの一般的認識は有していた。それゆえ、交通を確保しつつ安全に作業するための工法として横取降下工法を用いることを前提に積算し、土木工事共通仕様書においても、請負業者に安全対策を義務づけるなどしたものである。本件工事の前に道路交通法に基づいて行われた被告広島市と警察との協議においても、本件道路を通行止めにすべきとの意見は出なかったのであるから、通行止めにするよう指導しないまでも、注文者が請負人に対してなすべき事故防止のための指図は尽くしている。
(二) 国賠法一条の責任について
(1) 総論
地方公共団体の不作為の責任を問題とする場合には、作為による損害賠償責任の理論をそのまま持ち込むことはできないと解すべきである。法令上当然には災害防止のための作為が義務づけられていない場合には、権限の行使は裁量に委ねられているのであるから、右権限の不行使は、具体的事情から著しく合理性を欠くと認められない限り、違法の評価を受けるものではない。そして、右判断基準は、①法益条件(被害に係る被侵害法益の重大性)、②予見条件(重大な法益侵害の危険が切迫していることを現に予見したか、又は容易に予見し得たこと)、③回避条件(行政権限を行使さえすれば、容易に結果発生を防止できたこと)、④期待条件(社会通念上、行政権限の行使を期待し、信頼することがもっともだと思われる事情の存在)の充足であり、特に、予見条件は、国や地方公共団体の作為義務を導くための要件である以上、少なくとも、作為義務の内容として主張されている具体的災害回避措置を明白に必要とする具体的危険が予測可能であることが必要であると解される。
(2) 予見条件の不存在
前述のとおり、本件事故は、被告広島市にとって全く予見できなかったものである。そして、本件道路の通行止めについて協議を行った際にも、警察から通行止めにするようにとの意見ないし指示はなかったのであるから、被告広島市には、具体的な本件事故の予測可能性はなかったというべきである。
(3) 回避条件、期待条件の不存在
本件道路は、一日の交通量が車両約一万五〇〇〇台もあって、道路構造令に定める標準交通量を遙かに超えていた上、本件道路と並行して走る安佐安古市線の交通量も多く、これを迂回道路として使用することは不可能であった。本件事故のような、橋桁の落下による走行車両の被害を防止するには、工事現場付近を全面通行止めにせざるを得ないが、右のような状況であったことから、たとえ本件降下作業の一日のみであっても、本件道路を通行止めにすることは事実上不可能であった。
(三) 国賠法二条の責任について
(1) 公の営造物について
国賠法二条一項にいう「公の営造物」とは、国又は地方公共団体の特定の公の目的に供される有体物及び物的設備をいうものであり、未完成の施設であれば、実質的に見てそれが完成後の営造物に準じた機能を発揮して現に公の目的に供されていることが必要である。
したがって、本件道路はともかく、アストラムラインの軌道としていまだ建設途中であった本件橋桁及び本件各橋脚は、本項の「公の営造物」には該当しない。
(2) 設置又は管理の瑕疵について
国賠法二条一項にいう「営造物の設置又は管理の瑕疵」とは、営造物がその種類に応じた通常備えるべき安全性を欠いていることをいうが、これを欠いているか否かの判断は、当該営造物の構造、用法、場所的環境、利用状況等諸般の事情を総合考慮して、具体的個別的に判断すべきである。具体的には、第三者を含めた営造物関与者がそれぞれ通常払うべき注意を尽くすことを前提に、それでもなお、事故発生の客観的危険が存したか否かを事案に応じて判断していくことになる。
本件事故は、前記のとおり、被告サクラダの橋梁架設の専門業者の基本的常識に反するような過誤により発生したものであるが、営造物管理者としては、他の営造物関与者がそれぞれ通常払うべき注意を尽くすことを前提に営造物の管理をすれば足りるのであるから、本件事故は、いわば被告広島市の道路管理者としての守備範囲の外で生じたものであって、被告広島市に管理の瑕疵はないというべきである。
(四) 結論
以上のとおりであり、被告広島市には、民法七一六条但書又は国賠法一条若しくは二条一項の責任は生じない。
4 争点4(被告国の損害賠償責任)について
(原告ら)
(一) 被告広島市と被告国の共同事業
国賠法三条一項にいう「営造物の設置費用の負担者」とは、当該営造物の設置費用につき法律上負担義務を負う者の他、この者と同等もしくはこれに近い設置費用を負担し、実質的にはこの者と当該営造物による事業を共同して執行していると認められる者であって、当該営造物の瑕疵による危険を効果的に防止し得る者も含まれると解されている(最高裁昭和五〇年一一月二八日民集二九巻一〇号一七五四頁)。しかし、設置費用の負担者が、当該事業の共同執行者でもあった場合は、その負担した金額の多寡によらず、国賠法三条一項の責任を負うものと解すべきである。
アストラムラインは、本件事故のあった工区を含め一体の軌道であって、全体として一個の営造物であるし、被告国は、自らもアストラムラインについて一部の工事を施行しているから、そもそも本件計画は、被告広島市と被告国との共同事業というべきである。
(二) 仮に、被告広島市と被告国との共同事業とは認められないとしても、以下のとおり、被告国は、同法三条一項の責任を負うと解すべきである。
(1) 国立公園事業に関する前記最高裁判決は、「地方公共団体が国立公園事業を執行する場合、その執行費用は、この地方公共団体が負担すべきものとされているが、同法(注―自然公園法)一四条一項及び二項によれば、上告人が国立公園事業を執行すべきものとされ、(中略)そして、この補助金交付の趣旨・目的は、上告人(注―国)が、執行すべきものとされている国立公園事業につき、一般的に地方公共団体に対しその一部の執行を勧奨し、自然公園法の見地から助成の目的たり得ると認められる国立公園事業の一部につき、その執行を義務づけ、かつ、その執行が国立公園事業としての一定水準に適合すべきものであることの義務を課するとともに、当該事業の実施によって地方公共団体が被る財政的負担の軽減を図ることにあるのであり、右の国立公園事業としての一定の水準には、国立公園事業が国民の利用する道路、施設等に関するものであるときには、その利用者の事故防止に資するに足りるものであることが含まれるべきであることは明らかである。」と述べている。
(2) 被告国は、アストラムライン建設工事に対し、道路法五六条、道路整備緊急措置法四条に基づいて補助金を支出しているが、右補助金については、都市モノレールの整備の促進に関する法律の適用により、一般の道路工事よりも高い補助率が適用されている。これは、アストラムライン建設工事が、国民経済及び国民生活全体の発展のために重要な事業であるとの認識に基づくものである。また、軌道の設置に軌道法上の特許が必要であること、被告広島市と並んで、被告国も施工主体となっていることにも併せ鑑みれば、アストラムライン建設工事は、本来国が行うべき事業という側面も持つといえるから、前記最高裁判決に鑑みれば、補助金を支出した国は、実質的に当該事業を共同して執行する者にあたるというべきである。
そして、同じく前記最高裁判決に鑑みれば、補助金を支出する以上、被告国が、被告広島市に対し、道路や施設等を利用する市民に対し被害が及ばないように適切な措置をとることを含め、被告広島市の施工内容が一定水準に適合すべきものであることを要求することができることは明らかである。
(3) したがって、被告国は、営造物たるアストラムラインの設置費用について法律上負担義務を負う者と同等もしくはこれに近い設置費用を負担し、実質的に営造物による事業を共同して執行していると認められ、かつ営造物の瑕疵による危険を効果的に防止し得る者であるということができる。
(三) 結論
したがって、被告国は、国賠法三条一項の費用負担者としての責任を負う。
(被告国)
(一) 本件橋桁が、国賠法二条にいう「公の営造物」にあたらないこと、仮にあたるとしても、被告広島市に設置管理の瑕疵がないことは、被告広島市の主張のとおりである。
また、本件各橋脚そのものに設置管理の瑕疵があったわけではないことは明らかであるから、本件各橋脚の設置管理の瑕疵を理由に被告広島市が国賠法上の責任を負うものでもない。
(二) 仮に、被告広島市が国賠法上の責任を負うとしても、本件計画に関する被告国の補助金は、アストラムラインのような新交通システムの下部構造が、都市モノレールの場合と同様に、その設置される道路の一部として整備されることに基づき、道路法五六条により裁量的に支出されたものであるから、被告国は、アストラムライン建設工事につき法律上費用の負担義務を負う者ではない。
また、本件事故の発生した都市計画事業(広島圏都市計画道路事業(広島平和記念都市建設事業))の認可区間の総事業費三六二億七六〇〇万円のうち、被告国が支出した額は九一億九〇〇〇万円であり、全体の25.3パーセントに過ぎない。さらに、本件事故が発生した工区は被告広島市が施工主体の工区である上、本件計画は、被告国と被告広島市とが共同で事業を執行していると認められるものではないから、本件現場の工事に関して、被告国が被告広島市を指揮監督する等の権限もないし、指揮監督した事実もない。
したがって、被告国が国賠法三条一項の費用負担者にあたるということはできない。
5 争点5(損害額)について
(原告ら)
本件事故により発生した損害及び相続関係は以下のとおりである。
(一) 亡昇関係
(1) 逸失利益 三六二二万七五五〇円
亡昇は、広島市安佐南区沼田町のまじま有限会社に勤務し、本件事故前年の年間給与は、三二三万八二六六円であった。
右実収入を基礎に翌年における収入増率を五パーセントと見込み、生活費控除率を五〇パーセントとし、残余の就労可能年数三九年に対する新ホフマン係数21.3092を乗じて得られる逸失利益は、三六二二万七五五〇円である。
(2) 葬祭料(実額) 二九三万一六一五円
(3) 慰藉料 五〇〇〇万円
(4) 亡昇が本件事故時に運転していた同人所有の普通自動車代金 二九七万七五二三円
(5) 以上合計九二一三万六六八八円につき、亡昇の両親である原告金谷修及び同免出ミツ子が各二分の一あて相続した。
(二) 亡晃久関係
(1) 逸失利益 九二二四万四八五三円
亡晃久は、昭和六一年三月に関西大学工学部を卒業後、本件事故当時はトピー工業株式会社に勤務していたが、父である原告薮田助次郎の経営する有限会社丹波精工の後継者として近い将来同社を継ぐ予定になっていたので、トピー工業株式会社における給与所得によらず、賃金センサスによる平成元年の男子大卒全年齢平均給与である五八〇万円八三〇〇円を基礎とし、収入増率を見込んで1.1を乗ずる修正を施した上、生活費控除率を三〇パーセントとし、残余の平均就労可能年数三七年に対する新ホフマン係数20.6254を乗じて得られる逸失利益は、九二二四万四八五三円である。
(2) 葬祭料(実額) 四五六万八九九九円
(3) 慰藉料 三〇〇〇万円
(4) 亡晃久が本件事故時に運転していた普通自動車の代金 二六一万二七〇〇円
(5) 以上合計一億二九四二万六五五二円を、妻であった原告尾中由美子と、本件事故当時胎児であって、本件事故直後の平成三年四月一日に誕生した亡晃久の長女の原告尾中和子が各二分の一あて相続した。
(6) なお、本件事故により、息子である亡晃久を失った両親固有の慰藉料として、原告薮田助次郎及び同薮田美恵子につきそれぞれ一〇〇〇万円を請求する。
(三) 亡泰生関係
(1) 逸失利益 六七四〇万九一五四円
亡泰生は、広島市内の広島経済大学商学部一回生であり、賃金センサスによる平成元年の男子大卒全年齢平均給与である五八〇万八三〇〇円を基礎とし、収入増率を見込んで1.1を乗ずる修正を施した上、生活費控除率を五〇パーセントとし、残余の平均就労可能年数四四年に対する新ホフマン係数21.1012を乗じて得られる逸失利益は、六七四〇万九一五四円である。
(2) 葬祭料(実額) 一七一万八五六一円
(3) 慰藉料 五〇〇〇万円
(4) 以上合計一億一九一二万七七一五円を、両親である原告塚本孝信と同塚本弘子が各二分の一あて相続した。
(四) 弁護士費用
原告らは、本訴の追行を当事者目録訴訟代理人欄記載の七名の弁護士に委任して、それぞれ請求額の一割相当額を報酬として支払う約束をした。
右契約に基づく報酬額は、原告金谷修において九二一万円、同薮田助次郎において一四九四万円(同薮田美恵子、同尾中由美子及び同尾中和子の弁護士費用を含む。)、同塚本孝信において一一九一万円(同塚本弘子の弁護士費用を含む。)である。
第四 争点に対する判断
一 争点1(被告サクラダの損害賠償責任)について
1 本件事故発生に至るまでの経緯及び本件事故の原因は、第二の二(前提事実)に記載したとおりである。
2 さらに、証拠(甲七四、七五、七六、七七)によれば、以下の各事実が認められる。
(一) 本件工事が始まったころ、小島は、原田が本件工事に派遣されるまでは経理や労災関係の仕事をしてきており、橋梁工事に携わるのは本件工事が初めてであることを聞いていた。小島は、実際に原田がとび職人を使って作業をしている様子を見ても、原田が作業の流れや段取りを理解していないと感じていた。
また、本件工事の作業員は、日毎に顔ぶれが変わるような状態であり、その経験や能力が、小島の心づもりしている水準に達していないことも多く、小島は、作業員の作業が遅いと感じていた。小園も、作業員が経験不足であると感じており、山口県の現場に行く予定を変更して、本件工事現場で作業に加わったことがあった。
(二) 小園は、本件降下作業の最初の段階(東側橋脚上での作業)では監督をしていたが、同時に行われていたベントの移動作業に監督がいないように見えたため、自分はベント移動作業の監督に行く旨を原田らに言い置いて、東側橋脚から降り、後の作業はすべて原田や作業員らに任せきりにした。
そのころ、小島は、ベント移動のためのマーキング作業をしていたが、そこに小園が来たことから、同人が本件降下作業の監督から離れ、作業員が監督なくして本件降下作業を行っていることを認識していた。
3 以上の事実によれば、現場代理人補佐である小園は、原田及び作業員の濱口らには橋桁等重量物の降下作業について十分な知識がなく、監督者なしでは本件降下作業を適切に遂行する能力がないことを知りながら、同人らに同作業の遂行を任せて現場を離脱し、現場代理人である小島も、小園が原田や作業員らに本件降下作業を任せて自らは指揮、監督に当たっていないことを知りながら、小園に本件降下作業の指揮、監督をさせようとはせず、かつ自らもその指揮、監督をしないで、漫然本件降下作業を続行させたことにより本件事故が惹起されたものというべきである。
小島及び小園は、本件工事の現場代理人又は現場代理人補佐として、工事を安全に遂行するために作業を適切に監督すべき一般的な注意義務があるところ、右のとおり、原田及び濱口ら作業員に本件降下作業を適切に遂行する能力のないことを知りながら、原田らが適切に作業を遂行してくれるものと軽信して、漫然と原田らのみに本件降下作業の遂行を任せ、これにより作業員がジャッキ架台を適正に設置せず、また、ジャッキヘッドを適切な箇所に当てなかったことが本件橋桁の転落を招いたものであるから、本件事故は、小島及び小園の過失によって生じたものと認めることができる。
そして、小島及び小園は、被告サクラダの従業員であり、同被告の事業を執行するにつき、その過失により本件事故を発生させたものであるから、神馬の過失について検討するまでもなく、被告サクラダは、民法七一五条に基づき、本件事故により発生した損害を賠償する責任がある。
二 争点2(被告川鉄物流の損害賠償責任)について
1 証拠(甲七七ないし八三、戊三)によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 原田派遣までの経緯
(1) 被告サクラダは、被告川鉄物流との間で下請契約を締結したものであるが、下請代金等との関係で、現場監督は被告サクラダが派遣し、被告川鉄物流からは出さないことになった。その代わり、被告川鉄物流は、事務部門の従業員を派遣することになったが、その処理すべき業務は、被告川鉄物流が更に下請あるいは常雇契約を締結する業者(結局、被告川鉄物流は、太成建設工業との間で常雇契約を締結し、作業員を派遣してもらうことになった。)と被告サクラダとの事務連絡及び本件工事の資材調達だけとなったので、被告川鉄物流機工部水島機工課の課員であった原田が、本件現場に派遣されることとなった。
(2) 原田は、平成三年二月八日ころ、水島機工課担当部長の辻敬二から本件現場に行くことを命じられ、その際、辻から、工事の監督、管理は被告サクラダが行うが、被告サクラダと太成建設工業の労務管理についてのトラブルがあると困るので、被告サクラダと太成建設工業の連絡調整役として行ってもらいたい、また、工事の安全面も見てほしい旨指示された。
その際、原田は、自分は技術面についてよく理解していないので、安全面を見るといっても、それは、服装関係やヘルメット、安全ベルトの着用についての点検程度で足るとの趣旨であると理解していた。
(3) 原田は、本件現場に赴くに当たり、水島機工課のプロジェクトグループ係長の今城新から工事の概要について説明を受けたが、その際、安全のチェックに関するファイルを手渡されたので、その中から本件工事で使用できると考えられた四通の書類を選び出した。
それらの書類のうち「架設足場点検報告書」には、点検項目として、枠については「使用金具類の曲り、破損、脱落等の危険はないか。」、足場板について「割れ、節、き裂、腐蝕はないか。強度はよいか。」、吊り足場については「ゆれ止め、緊縛は確実に行われているか。」等全部で二〇余の点検項目の記載があり、それに対して良否の結果及び講じた是正措置を記載する箇所があり、業者の責任者の押印欄がある。
その他、「ガス溶接機械器具及びアセ、サンソ容器点検報告書」、「アーク溶接機作業点検報告書」、「保護具点検報告書」にも同様に技術的観点からの多数の点検項目が記載されている。
もっとも、これらの点検項目は総じて作業環境の安全性に関わるもので、横取降下作業そのものの安全性に関係するような技術的な点検項目はなかった。
(二) 平成三年三月一二日までの原田の作業状況
原田は、本件現場にほぼ常駐しており、資材の調達関係の事務処理の他、資材の運搬の手伝いや、バリケード及び防護柵の設置作業などをしていたが、平成三年三月四日以降は、主に足場組作業の現場にいて、材料運搬、寸法測定の他、小島の指示を受けて変更した寸法を作業員らに指示するなどし、足場組作業を任された形になっていた。また、原田は、作業服を着用して、「川鉄運輸(株)水島機工課 原田」と書かれたヘルメットをかぶって現場に出ており、作業員から「監督さん」と呼ばれることもあった。
(三) 同月一三日の原田の作業状況
同月一三日、本件橋桁の横取作業が行われることになり、原田は、西側橋脚上で、小園らが本件橋桁にチルタンクを挟み込む作業をしているのを見ていたところ、月に一回の安全パトロールに来ていた神馬と一緒に橋脚に上がってきた小島から、移動レールに一〇センチメートルずつ印を付ける作業の手伝いを依頼されたので、これに応じた。
横取りの準備作業が終了した後、作業員全員が本件現場の北側に集合し、横取作業の段取りが指示された。小島は、太成建設工業の嘱託である今田淳治に中央橋脚上の作業の責任者となるよう指示し、西側橋脚は神馬が、東側橋脚は小園が、それぞれ責任者となることが決まった。続いて、小島は、今田淳治に対し、横取作業全体の指揮と作業員の配置の決定を依頼し、今田淳治が作業員を配置して、横取作業に入ることになった。
なお、小島は、原田に対し、北側の道路に車が進入しないように監視することを依頼したので、原田はそれならば自分にも可能だと思い、承諾した。
横取作業は、昼の休憩を挟んで続けられたが、原田は、今後技師として働くためにも横取作業を間近に見て勉強しておきたいとの気持ちから、午後からは、同じく被告川鉄物流から派遣されていた近藤俊彦に地上での監視役を交替してもらい、中央橋脚に上がって横取作業を見ていた。
横取作業は午後三時ころ終了したが、その後、原田は、本件橋桁の沓を取り付ける作業で沓の位置の調整を手伝ったりした。また、翌日はベントの移動作業が行われる予定であったので、原田は、日拓工業の西岡靖夫に対し、太成建設工業の下請のうち、梶原の班には吊り足場での作業をさせること、下川の班にはジョイント足場を組ませること、日拓工業の班にはベント移動をさせることを指示した。
(四) 同月一四日の原田の作業状況
(1) 本件降下作業以前
本件降下作業が行われた同月一四日は、原田は、格別する作業等もなかったので、何か手伝えることでもあれば手伝おうと思い、日拓工業の班が作業をする西側橋脚に上がり、同班が行っていた調整プレート設置作業を手伝った。その後、原田は、小園の指導の下に、中央橋脚でも同作業を手伝い、東側橋脚では、調整プレートを橋脚上の作業員に渡す作業をした。
(2) 東側橋脚での降下作業
東側橋脚上の降下作業は、当初、小園の監督の下に行われたが、原田も作業員に対し、ジャッキを当てる位置について、右、左というように具体的な指示をした。
小園は、本件橋桁の降下量を写真撮影していた小島と共に一旦降下作業の現場を離れ、他の箇所での撮影を手伝った後、東側橋脚に戻ってきたが、その際、西側のベントにクレーンの吊ロープを取り付けている作業員が目に入った。ベントの作業を監督すべき者が見当たらなかったため、小園は、自分が右作業を監督しようと思い、棒心(作業員の中で仕事に習熟し、リーダー的な役割を負う者)のように見えた濱口に対し、東から一〇〇ミリメートルずつ降下させるよう指示し、更に、原田に対し、「原田さん、見とってよ。」と言って、降下作業から離脱し、以後の降下作業は、すべて小園の監督なしに行われていった。
原田は、小園の依頼に困惑したものの、中央橋脚上で調整プレートの設置作業をしていた際、濱口が、ジャッキによる降下作業の経験が長く、習熟しているような口振りであったことから、何とか無事に作業が完了するのではないかと考え、実際に濱口が作業員らの中心となって作業員を指示し始めたことから、濱口なら何とか無事に作業を完了させてくれそうだと考えた。
(3) 中央橋脚での降下作業
昼の休憩を挟んで中央橋脚での降下作業に移ったが、作業員である田渋が、井桁に組むスペースがあるにもかかわらず、ジャッキ架台を、二列並列(H型鋼を同方向に並べた形)に二段重ねの形(以下「二列二段」のようにいう。)に組もうとした。ジャッキ架台は、並列よりは井桁に組む方が安定するため、放置できないと考えた原田は、田渋に対して、そのような組み方はよくない旨を言ったところ、濱口が、こういうのは井桁に組む方が良いといって、自らジャッキ架台を井桁に組みだしたので、原田は安心し、その場を離れた。
東側橋脚での作業と同様に、中央橋脚でも、原田は、濱口が遺漏なく作業を進めてくれるものと思っていたので、残りのジャッキ架台の組み方や、ジャッキヘッドがウェブ線に当てられているか否かについては確認しなかった。
(4) 西側橋脚での降下作業
西側橋脚での降下作業に移ると、原田は、ようやく一段落だと思い、橋脚上から小園がどこにいるかを探す等しており、ジャッキ架台の組み方やジャッキの当て方については一切見ておらず、濱口にすべて任せきりにしていた。西側橋脚上面は、足場用単管などが掛け渡されており、ジャッキ及びサンドルは、それらの単管を避けて別紙図面2のとおり配置されたが、原田は、JW1のジャッキ架台が一列三段であることはおろか、その存在にすら気付かなかった。降下作業が始まり、原田が南西側のブラケット足場(橋脚に取り付けられた足場)に立っているとき、本件橋桁はバランスを失い、落下した。
(5) 原田の知識及び認識
原田は、東側橋脚において南側のジャッキが容易に上がらず、ジャッキを追加する事態となったことから、本件橋桁の重心が南に偏っていることを認識しており、また、中央橋脚での作業において、本件橋桁のウェブが中央橋脚の南端からはみ出ていることも認識した。
原田は、ジャッキ架台は、H型鋼を並列に置くよりも井桁に組んだ方が安定すること、ジャッキヘッドは橋桁のウェブ線に当てる必要があること、ジャッキ又はジャッキ架台を偏心させれば耐荷力が落ちること等の基本的な知識は有していた。その知識は力学的な知識や計算に基づくものではなく、原田は、スペースがなければ、ジャッキ架台が並列に組まれても致し方ないとも認識していたが、一列二段もしくは一列三段組みのジャッキ架台は、六〇トンという本件橋桁の重量からいって不安定に過ぎるため、スペースの関係上右のような組み方しかできないのであれば、直ちに作業の中止を命じるつもりであった。
2 第二の二(前提事実)に記載した事実及び右認定事実を総合すれば、以下のように判断することができる。
(一) 小園の依頼の趣旨
小園は、原田に対して「原田さん、見とってよ。」といって本件降下作業から離脱している。他方、原田は事務畑の者であって、降下作業についての専門的な知識はなく、そのことは小園も認識しており、証拠(甲八一)によれば、原田は、前日の横取作業に関し、その数日前に小島から西側橋脚に上がって作業の責任者となるよう依頼されたものの、それを拒んでいることが認められる。
したがって、原田が小園と同様の監督をすることは能力的に無理であるから、小園が原田に本件工事の監督を依頼するはずがないし、依頼されたとしても原田がこれを引き受けるはずがないとの被告川鉄物流の主張にも一理ある。
しかし、小園は、本件降下作業に当たっても、作業の要点、予想される危険性等を作業員らに指示しておらず、降下作業の危険性を過少評価していたと認められるし、それまでにも、原田にも可能と思われる作業は原田に任せてきたことが認められる(戊八)のであるから、現場を離れる際の言動に鑑みれば、小園は、単なる挨拶として声をかけたのではなく、原田に対し、本件降下作業に関して何らかの任務を依頼したものと認めるのが相当である。
そして、小園が、現場を離れるに当たって、原田に対しても、特に具体的な指示は与えていないことからすれば、小園の原田に対する依頼の趣旨は、原田が現場監督たる小園の立場そのものに代わることを依頼したものではなく、原田に対し、作業員らの作業を見守り、原田の知識、認識の範囲で危険性が認められた場合には、その是正を図り、あるいは小園へ連絡する等適宜の措置をとることを依頼したものというべきである。
(二) 原田の承諾の有無
原田が、右小園の依頼に対し、「分かりました。」と答えたか否かはにわかに断じがたい。
しかし、仮に何も答えなかったのだとしても、証拠(甲八二、八三、戊一〇)によれば、原田は、特に小園をひき止めようともせず、昼食を挟んだ後の中央橋脚及び西側橋脚での作業においても交替を願い出ていないことが認められるばかりか、前記認定事実のとおり、中央橋脚上では、作業員である田渋がジャッキ架台を二列二段に組んだのを見て、注意を与えているのであって、原田の右行動によれば、原田は、右(一)認定の小園の依頼の趣旨を理解し、それに応じたものと認めるのが相当である。
(三) 原田の過失
(1) 右(一)の小園の依頼の趣旨に鑑みれば、原田には、作業員らの作業を見守り、同人の知識、認識の範囲で危険性が認められた場合には、その是正を図り、あるいは小園へ連絡する等適宜の措置をとるべき義務があったというべきである。
(2) そして、前記認定事実のとおり、原田は、事務職とはいえ、ジャッキ架台の安全な組み方は知っており、また、本件降下作業では、本件橋桁が橋脚の南側にはみ出した状態で降下すること及び本件橋桁の重心が南側に寄っていることを認識していたのであるから、ジャッキ架台の組み方を誤ればジャッキ架台が崩壊し、本件橋桁がバランスを崩して転落する可能性があることは予測していたと認められる(そうであればこそ、田渋がジャッキ架台を二列二段に組んだことに対して注意したものである。)。
また、中央橋脚において、作業員の中にジャッキ架台の安全な組み方さえ知らない者がいることも判明していたのであるから、原田は、以後の降下作業において、少なくともジャッキ架台の組み方には注意をし、それが安全か否か判断できないときは、作業を中断させて小園に連絡し、その指示を求めるべき義務を有していたというべきである。
(3) しかるに、原田は、濱口の口振り等から同人が適切にジャッキ架台を設置し、ジャッキ操作を適切に行ってくれるものと軽信し、西側橋脚上のジャッキ架台の組み方に何ら注意を払わなかったばかりか、証拠(甲八二)によれば、場所的制約から一列三段に組まれたJW1のジャッキ架台については、その存在すら認識していなかったことが認められる。仮に、原田が作業員らのジャッキ架台の組み方に注意を払い、JW1のジャッキ架台の構造に気付いていれば、その構造の危険性を認識し、作業を中断させた上で小園に連絡し、その指示を受ける等適宜の措置がとれたといい得るのであって、かつ、前記認定事実を総合すれば、原田が右のような適宜の措置を講じていれば本件事故を回避し得たことは明らかであるから、前記のような、原田が小園から引き受けた任務に伴う義務の程度に照らしても、原田には過失があったというべきである。
(三) 結論
原田は、被告川鉄物流の従業員であり、同被告の事業を執行するにつき、その過失により本件事故を発生させたものであるから、被告川鉄物流は、民法七一五条により、本件事故により発生した損害を賠償する責任があるというべきである。
三 争点3(被告広島市の責任)について
1(一) 民法七一六条は、その本文で、注文者は請負人がその仕事につき第三者に加えた損害を賠償する責任を負わないことを規定し、その但書で、注文又は指図に過失があるときはその限りではないことを規定している。
これは、請負契約においては、一般に請負人はその仕事に関して専門的な知識、技術を有し、注文者から独立して裁量をもって仕事の完成に努めるものであるから、請負人が請負業務を遂行中に第三者に損害を与えても、注文者は損害賠償の責任を負わないことを明らかにするとともに、注文者の注文又は指図に過失があり、請負人がそれに従ったことにより第三者に損害を与えた場合、注文者の注文又は指図と損害との間に相当因果関係があることから、注文者は、民法七〇九条の原則どおり、損害賠償の責任を負うことを明らかにしたものである。
(二) 弁論の全趣旨によれば、被告サクラダは、橋梁架設の専門業者として実績のある業者であり、橋梁の架設について安全かつ的確に施工する能力を有していたことが認められ、また、第二の二(前提事実)に記載したとおり、横取降下工法は橋梁架設工法の一つとして確立されたものであって、数多くの施工例があり、アストラムライン建設工事においても本件現場を含め一三箇所の工事現場で採用され、本件現場以外ではいずれも安全に工事が終了していること、本件橋桁は重心が南側に偏った逆台形状の構造ではあるが、それ自体は安定した形状であり、必然的に橋脚からの転落を招来するものではないこと、工事の積算方法及び当初の工期の設定に格別の問題はないことがそれぞれ認められるから、被告広島市に、本件工事の発注及び本件橋桁の設計ないし施工計画における過失があったとは認められず、他に、被告広島市の積極的な注文又は指図に過失があったと認めるに足りる証拠はない。
2 しかし、七一六条但書にいう「注文又は指図に過失あるとき」とは、注文者が請負人に対し積極的に与えた指示に過失がある場合のみをいうものではなく、注文者において、請負業務が第三者に被害を及ぼすことを知り又は社会通念上容易に知り得たような場合には、注文者は、請負人が第三者に対して損害を与えることを防止すべく請負人に指図等をすべき義務を負っているということができるから、注文者は、右義務を怠った場合に、注文又は指図に過失があったものとして、不法行為責任を負うと解される。
右は注文者の責任一般について妥当するものであるが、本件工事の発注者たる被告広島市は地方公共団体であって、後に認定するとおり、発注した工事に対する監督体制を整備しているものであるから、この点において一般私人が注文者である場合と異なり、このことが、被告広島市において、本件工事が第三者に被害を及ぼすことを知り又は社会通念上容易に知り得たか否かを判断する上でいかなる意味を有するかについて吟味する必要があるので、以下、これについて検討する。
3(一) 証拠(甲三、五ないし八、二〇ないし二四、乙七ないし一五、証人今田幹男、同今岡、同小川)によれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 被告広島市が発注する土木工事は年間二八〇〇件程度であり、これを監督する監督員として総勢二五〇人を擁しているが、アストラムライン建設工事を監督する第一建設事務所は、所長(井丸)、専門員(一名)、主任技師(二名)、技師(今岡他五名)及び主事(庶務係一名)の総勢一一名で構成されていた。
所長(課長職相当)は第一建設事務所の指揮監督を行い、専門員はその補佐役である。主任技師は自ら工事の監督をするほか技師の監督業務の指導を行い、技師は工事監督を行うこととされていた。
本件現場を担当する監督員は技師の今岡であったが、同人は、昭和五五年に広島工業大学土木工学科を卒業して被告広島市に土木職の技師補として採用され、翌年技師に昇格し、広島市西区土木課等における勤務を経て平成元年四月、第一建設事務所勤務となり、アストラムライン建設工事の監督員として勤務することとなった者である。
(2) 被告広島市が工事を発注する際に、発注者たる被告広島市や請負業者が遵守し又は依拠すべき規範(工事の監督関係)としては以下のようなものがある。
ア 広島市建設工事請負契約約款
約款は、発注者たる被告広島市が請負契約により行う建設工事の施行について必要な事項を定めたものであり(一条)、被告広島市は請負人の工事について監督又は指示する職員(監督員)を定めて請負人に通知することとし(九条一項)、監督員は、請負人の現場代理人、主任技術者、使用人又は労務者について、工事の施行又は管理について著しく不適当と認められる者があるときは、その理由を明示して、請負人に対してその変更を求めることができ(同条二項)、請負人の現場代理人は、工事現場に常駐し、監督員の監督又は指示に従い、工事現場の取締り及び工事に関する一切の事項を処理しなければならず(一〇条三項)、また、監督員は災害防止その他工事の施行上緊急やむを得ないときは、請負人に対して所要の臨機の措置をとることを求めることができる(一九条三項)とされている。
そして、被告広島市と被告サクラダとの本件請負契約はこの約款に定めるところによる旨約定されている。
イ 土木工事共通仕様書
仕様書は市長の施行する土木工事の施工に適用されるものであり(一〇一条一項)、請負者は監督員が指示した場合には工事に必要な施工計画書(工事概要、実施工程表、安全管理その他)を提出しなければならないこと(一〇三条三項)、請負者は、土木工事安全施工技術指針を参考にし、常に工事の安全に留意し現場管理を行い、災害の防止に努めなければならないこと(一一〇条一項)、請負者は、要綱を遵守して災害の防止に努めることとし(同条五項)、鋼橋の架設にあっては、架設時の応力と変形を検討し、安全を確かめなければならないこと(七二二条一項)等が規定されている。
そして、土木工事安全施工技術指針は、その前書に「本指針は市長の施行する土木工事の安全施行の技術指針である。(中略)工事の設計、施工、監督に当たっての安全の参考として使用されたい。」と記載されており、鋼橋架設作業については、作業員には、その工法に適格な者を選び、不適格なものは訓練を行い、習熟した後でなければ使用してはならないとされ(第七章第二節二)、ジャッキは受台を確実にすること(同章第四節一七)、重心の高いけた材の取扱いには、横転を防ぐため支持材を使用すること(同一九)が規定されている。
また、要綱の前書には、「要綱は、市街地における土木工事に適正な施工を確保し、公衆災害を防止するための技術基準として昭和三九年に制定したものであるが、昭和四六年の改正以来土木工事の施工技術は著しく大規模化、複雑化し、その内容の一部に実態にそぐわない面が生じてきたため、最近の土木工事の技術水準との整合性を図るとともに、併せて安全性の向上を図る等のため、別添のとおり改正したものである。貴職(注―市長)におかれては、今後、土木工事の発注に当たって仕様書に本要綱の遵守方を明記する等、公衆災害の防止に遺漏のないよう措置されたい。」と記載されている。
ウ 広島市請負工事監督規程(昭和三五年八月一日訓令第四一号)
監督規程は、工事の請負契約の適正な履行を確保するために行う監督(監督規程にいう監督とはいずれもこの趣旨のものである。)について必要な事項を定めたものである(一条)。
そして、監督体制として、監督を行わせるために監督員を置き(二条一項)、監督員は、工事担当課長が所属の職員のうちから指名し(同条二項)、工事担当課長は、一工事について二人以上の監督員を指名する場合には、そのうち一人を主任として指名しなければならない(同条三項)とされ、また、主任監督員(監督員が一人の場合はその監督員。以下同じ。)は、工事担当課長の指示に従い、工事現場に臨み、厳正に工事を監督しなければならず(八条一項)、監督員は、材料の調合又は完成後外面から明確にすることができない工事の施行に当たっては、必ず立会いその他の方法によりその施行を確認しなければならない(同条二項)とされている。
さらに、主任監督員は、災害防止その他工事の施行上請負者に臨機の措置をとらせる必要があると認めるときは、工事担当課長に申し出てその指示を受け、請負者に対して必要な処置をとるよう指示しなければならず、工事担当課長の指示を受ける暇がないと認められるときは、自己の判断により指示し、直ちにその事情を工事担当課長に報告しなければならず(一四条一項)、請負者から災害防止その他工事の施行上請負者において臨機に処置した旨の通知を受けたときは、直ちに意見を付して工事担当課長に報告しなければならない(同条二項)とされている。
エ 広島市建設工事施工監理の手引(以下「手引」という。)
手引は、監督員が広島市の発注する工事の監督を約款及び監督規程に基づいて監督する際のマニュアルとして作成されたものであり、施工監理を、①工程管理(工事の実施に先立って工程計画を検討し、工程を無理なく、無駄なく進捗させることを目的とする管理)、②品質管理(工事に使用する材料、工法が設計図書で要求されている品質を確保することを目的とする管理)、③出来形管理(工事の不可視部分、完了時の出来形について設計図書に基づいた施工、出来形を確保することを目的とする管理)及び④安全管理(工事中の安全を確保することを目的とする管理)に分類している。
そして、施工監理の効果中、安全管理に対応するものとして、「施工監理者の注意により、より一層現場の安全が確保できる。」と記載されている。
さらに、施工監理上のチェックポイント中、施工計画の区分においては、施工計画書の監理事項として、最初に「安全計画は十分検討されているか(区分 安全管理を参照)」と記載されている。
そして、安全管理の区分において、「安全管理を十分行っているか」についての監理事項として、総括安全衛生管理者等が選任されているか、緊急時の通報体制を確立しているか等の他、「作業員の墜落防止及び落下物の危険防止の施設並びに感電防止を講じているか」、「市街地土木工事公衆災害防止対策要綱に準拠しているか」と記載され、監督員に対し、単に作業内容や作業環境に危険性があることを知ったとき請負業者に改善を求めるという消極的な役割ではなく、積極的に施工計画書を検討し、右計画書において安全管理に疎漏がないかを事前に検討する役割を果たすよう求める内容となっている。
(3) また、地方自治法二条二項は、普通地方公共団体は、その公共事務及び法律又はこれに基づく政令により普通地方公共団体に属するものの他、その区域内におけるその他の行政事務で国の事務に属しないものを処理すると規定し、同条三項で普通地方公共団体の事務を例示している。
すなわち、同項一号では地方公共の秩序を維持し、住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持することが、二号では道路、橋梁等の管理が、六号では病院、養護施設等の管理が、七号では公害の防止、環境の整備保全が、八号では防犯、防災、罹災者の救護、交通安全の保持等が規定されている。
これらの規定からすれば、住民の身体及び財産についての危害の防止や安全の確保は地方公共団体の事務であり、また、その責務であるということができる。
したがって、地方公共団体が公共工事を施行する場合にあっても、住民の安全の確保を図ることがその責務の一つであることはいうまでもない。
(4) 以上によれば、被告広島市は、右(3)のような地方公共団体の責務に鑑み、その発注する工事に対する監督体制を整備し、監督に係る準則を定めていると解され、したがって、被告広島市は、単に後述する地方自治法二三四条の二第一項の要請を満たすためのみならず、発注する工事に関する安全性を確保するための監督をも行うこととしているということができ、この意味で、被告広島市には、本件工事の安全性を確保するための監督をなすべき義務があったというべきである。
(5) これに対して、被告広島市は、工事の安全を図ることは請負業者の責務であって被告広島市にはそもそも工事の安全を図る義務はなく、被告広島市としては、ただ、工事の成果が設計図面に合致するか否か、すなわち注文どおりの工事がされるか否かを監督するだけであって、監督規程等もそのための規定に過ぎない旨の主張をするので、この点につき判断する。
工事の安全を図る第一次的な責任が現実に工事を施行する請負業者にあることは、請負契約の性質上当然であり、また、発注者である被告広島市が、技師である監督員を擁しているからといって、これを作業現場に常時立会わせ、個々の作業の安全性を逐一チェックする義務を負うとまでは解されない。
また、監督規程の趣旨を規定する一条は、監督規程は、工事の請負契約の適正な履行を確保するために行う監督について必要な事項を定めたものであると規定している。
さらに、地方自治法二三四条の二第一項は、地方公共団体が工事若しくは製造その他についての請負契約又は物件の買入れその他の契約を締結した場合においては、当該普通公共団体の職員は、政令の定めるところにより、契約の適正な履行を確保するため又はその受ける給付の完了の確認をするため必要な監督又は検査をしなければならない旨を規定しているが、前記の監督規程一条の文言はほぼこれと同一であり、監督規程は、地方自治法の右規定を受けて制定されたものであると認められるから、監督規程で規定する監督とは、工事が契約に定める設計図面のとおり施行されることを確保するためのものであり、工事現場に臨み厳正に行うべきことを要する(八条一項)とされるのも、右観点からのものに過ぎないとの証人今岡及び同今田幹男の各証言は、その意味では誤りではない。
しかし、契約期限内に、注文どおりの完成品を受け取るために監督が行われるものであるとしても、工事の安全性の確保は工程管理と無関係ではあり得ず(ちなみに、本件現場では、本件事故により橋桁の架設は一年近く遅れ、平成四年三月上旬になって架設が完了した(甲四四)。)、工事の安全を度外視して右の意味での監督が成り立ち得るものではない。
また、被告広島市は、監督規程一四条において、主任監督員が災害防止等のため請負業者に臨機の処置をとることを指示することができる旨を規定し、かつ請負契約の内容をなす約款九条二項において、現場代理人や作業員が工事の施行又は管理について著しく不適当であると認められるときは、監督員が、請負業者に対し、その変更を求めることができる旨を規定する等、被告広島市の監督員が、発注者側の立場から、作業内容及びそれに伴う危険の回避について監督を行うことを前提とした規定を設けている。
実際、証拠(甲二九)によれば、今岡自身も、作業員の転落防止を図ること(具体的には桁の架設前に手すりを取り付けること、ネットを取り付け、物の落下を防ぐこと)及び工事区域を区切るときは見通しのきく網目のフェンスを使用することなどを、気付いた都度又は週に一度の工程会議の際に各請負業者に注意してきたことが認められ、また、被告サクラダに対しても、対面交通であることを示す標識の設置やクレーン車のアウトリガー(足)を出す場合の注意事項等を指導していることが認められ、実際には、監督員として作業環境の安全性確保についても指導しているということができる。
したがって、被告広島市のなすべき工事監督は、単に注文どおりの工事がされるか否かの点に過ぎない旨の被告広島市の前記主張は、採用することができない。
(6) 被告広島市の責任の根拠についての原告らの主張にはやや変遷が見られるが、原告らは、被告広島市が前記(4)において認定したような監督義務に違反したこと自体をもって、被告広島市の責任の直接的な根拠としているものではなく、そのような監督義務のある発注者として、被告広島市には民法七一六条但書の責任が生じると主張しているものと解されるところ、被告広島市がそのような監督義務を果たすために設けた監督体制を通じて知り得たはずの事情は、損害発生の防止のため、注文者たる被告広島市が請負人に対して指図すべき義務の有無の判断に当たって考慮に入れられるべきものである。
3 そこで、被告広島市の本件工事に対する現実の監督体制及びそれを通じて知り又は知ることができた事情について検討する。
証拠(甲四、二〇、二二、二三、二六、二七、三〇、三五、三六、三九、四四、四六ないし四九、七三、七四、乙四、証人今岡及び弁論の全趣旨)によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 被告広島市は、第一建設事務所において、請負業者の現場代理人から、毎週月曜日に、各工区を担当する監督員宛に工事週報を出させることによって、その週の工事日程を把握しており、工事週報に記載された予定が工程表より遅れていたり、問題点があったりした場合、監督員は、その都度指示又は協議をするものとされていた。
第一建設事務所内部でも、個々の監督員と井丸との間で右週報に基づいたミーティングが行われており、各担当現場の工事の進捗状況や当面の問題点等の報告を受けた井丸が、個々の監督員に具体的に指示、指導を行っていた。
また、第一建設事務所は、毎月一回、専門員の徳山宏を長として、各工事現場の監督員をしている主任技師、技師等も出席し、第一建設事務所と各請負業者との調整を図ることを目的とする工程会議を開催していた。工程会議には、各請負業者の現場代理人も出席して、個別に第一建設事務所側と面談し、第一建設事務所側は、工事の進捗状況を確認し、出来形や安全についての管理の指示、指導を行っていた。
さらに、第一建設事務所は、第一建設事務所管内の請負業者をもって構成する広島新交通安全協議会を発足させ、これを毎月一回開催し、井丸や監督員も出席して、工事の安全対策、工事に伴って生ずる公害の防止、工事に伴う交通安全、工事に伴う苦情や要望の処理等について協議し、工事現場の相互安全点検を行わせるものとしていた。
なお、被告広島市においては、毎月第一週に都市交通部の課長とアストラムラインを経営する第三セクターである広島高速交通株式会社の課長を集めた部内会議を開催し、各課の意見調整を図っていた。
(二)(1) 被告広島市と被告サクラダは、平成二年九月二八日ころ、第一回目の打ち合わせを行い、橋桁の施工について話し合ったが、その際、被告広島市側は、被告サクラダに対し、材料検査時に機械検査を行うこと、溶接施工試験を行うこと、確実な工程により施工することを指示した。
(2) 同年一一月一六日、今岡他一名が千葉県市川市の被告サクラダの工場に出向き、材料検査等に立ち会った際、被告サクラダ側から、橋桁の製作が遅れそうなので工期を延ばしてもらえないかとの申入れがあった。そこで、今岡は、帰広して井丸と相談した上、同月二八日、被告サクラダの担当者を第一建設事務所に呼び、被告サクラダだけが工期が厳しいというのはおかしい、人手もうまく集めてくれ、無責任な発言は困るなどと苦情を言った。この時、被告サクラダは、第一回目の工程表(平成二年一一月二七日付)を第一建設事務所に提出したが、この工程表によれば、現場作業は平成三年二月一日から同月九日まで(実働八日間)の準備工(実際の架設作業に入る準備段階の作業であり、発注元や監督官庁、下請業者との打ち合わせや現場事務所の手配などを行うもの)から始まり、G1桁の架設は同月二七日から同年三月二日までの四日間、G1桁の横移動及び降下は同月四日及び五日の二日間の各予定になっていて、作業開始からG1桁の架設までは二六日間(実働二一日間)、G1桁の降下作業終了までは三三日間(実働二七日間)であった。また、橋桁の架設及び横移動降下は、他の作業を並行して行わない単独作業が原則となっており、G1桁の横移動降下の最終日に横移動設備の解体が予定されている他は、並行作業の予定はなかった。
(3) しかし、平成三年一月一八日ころ、被告サクラダが今岡及び徳山に対し架設計画などの説明をした際に示した工程表(平成二年一〇月三日付)は、日付が前回のものよりも古く、工程自体も前後していた。また、当時被告サクラダ内部で本件工事の担当者とされていた藤田富男(なお、被告広島市側には、大嵩崎隆英が担当者であると報告されていた。)は、今岡らの質問に的確に答えることができず、「何とか作業します。」、「できると思います。」と答えるような状況だったので、今岡は、再び工程表を見直すように指示をし、作業日程を被告サクラダ全体で認識して、責任ある検討をするよう指導した。
(4) 同月三一日、今岡は、仮組立検査等に立ち会うために被告サクラダ市川工場に出張したが、そのころになっても本件工事の日程についての連絡がなかった。そのため、今岡は、同年二月初旬ころ、架設工事の工程が遅れているのではないか、早く現場に入って架設してもらわなくては困る等と電話で強く申し入れた。
なお、本件現場から約二〇〇メートル東の工区で、長さ一二一メートルの三径間連続鋼箱桁の架設工事を請け負っていた三菱重工株式会社(被告サクラダと同一工期)では、同年一月一〇日に現地での作業に着工している。
(5) 同年二月一八日、現場代理人として新たに小島が着任し、同月二〇日ころ、工程表を提出したが、第一建設事務所は、工程表の提出に当たっては、被告サクラダの社印が押してあるものを提出するよう、強く指導した。工程表の提出には駒井鉄工株式会社(以下「駒井鉄工」という。)などが同席していたが、右指導は、被告サクラダに対して特に行われたものであった。小島は、右指導に従い、同月二七日ころ、被告サクラダの社印が押された最終工程表を第一建設事務所に提出した。
最終工程表によれば、作業は同年二月二〇日の橋脚昇降設備組立から始まり、準備工は同月二五日からの二日間、G1桁の架設予定は同年三月四日から六日の三日間、G1桁の横移動及び降下は同月一二日から二日間の各予定になっていた。作業開始から架設までは一二日間(当初予定より一四日間減)、G1桁の降下作業終了までは二二日間(同じく一一日間減)であり、週末も休まず工事を行い、G1桁の架設作業は沓の据付、溶接作業と、G2桁の架設作業はG1桁の溶接作業と、それぞれ並行して行われる予定になっていた。なお、一般に、並行作業は、指示が錯綜して事故につながる危険があるため、架橋現場では行わないものとされている。
また、現場測量は、既に設置された橋脚の誤差や、基準点からの位置を確定するのに必要な作業であり、調整プレートの準備や、沓及びベントの位置の決定のために測量の結果が必要であるため、現地測量が終わるまで架設作業に入ることはできないのであるが、被告広島市がこれを平成二年内に終わらせるよう指導していたにもかかわらず、最終工程表では、準備工と併せて現地測量が行われる予定になっていた。
(6) 同年二月二〇日、本件工事が始まり、同月二八日、今岡は、被告サクラダに対して、安全施設等改善指示書を交付した。それには、「2 作業中の安全対策に留意し、第三者及び作業関係者の災害防止に万全を期すこと。」及び「3 一般車両等通行する道路上での作業は必ず誘導員を配置し、落下のおそれがある場合には一時通行止めなどを行い作業すること」などの一般的指示が記載されていた。
(7) 同年三月一三日、今岡は、本件橋桁の横取作業に立ち会ったが、同人としては、監督のためではなく、横取降下工法に関係した経験がなかったので後学のために立ち会うという認識であった。
今岡は、翌一四日に、本件降下作業が行われる予定であることは知っており、同人自身は建設省係官のアストラムライン建設工事の視察に運転手として同行するため立ち会えないことも分かっていたが、一三日の時点で、現場代理人の小島やその補佐の小園に対し、本件降下作業についていかなる安全対策を講じるのかは特に確認しなかった。
(8) 被告サクラダは、本件工事に着工してからも、熟練した作業員の不足及び監督者の不足に悩まされ、小島や小園の思うとおりに作業が進まない状況にあったが、今岡は、人の手配が思うに任せないというのは着工以前の話であり、着工後は順調であるものと思っていた(ただし、今岡が、作業員の手配状況や能力等について、被告サクラダに問いただした事実は認められない。)。
本件工事は、ほぼ最終工程表どおりに進捗し、本件事故当日の段階での工程の遅れは一日であったが、右進捗状況は、週報等により、被告広島市に随時報告されていた。
(三) 他の工事現場の作業状況
(1) 以下の三箇所の工事現場は、いずれも、横取降下工法を採用して架設工事を行ったものである。
ア 三菱重工業株式会社は、平成二年九月一〇日から平成三年三月三一日までの工期(被告サクラダと同期間)で、長さ一二一メートルの三径間連続鋼箱桁(本件現場と同じくG1桁とG2桁で構成されている。以下、イ及びウについて同じ。)の架設工事を請け負っていた。同社では、平成三年一月一〇日、現地での作業に着工し、同年二月一五日に橋桁の横取作業を、同年三月七日にG1桁の降下作業をそれぞれ終了した。作業開始からG1桁の降下作業終了までは五七日間である。
イ 駒井鉄工は、長さ九〇メートルの三径間連続鋼箱桁の架設工事を請け負っていた。同社の工期は、平成二年八月二一日から平成三年三月三一日までであったが、同社では、同年一月二五日ころから現地での作業に入り、G1桁の横取作業(なお、後述するように、安全の確保を理由に、降下作業直前に、被告広島市の指定した工法を変更している。)が同年二月一七日から同月二二日にかけて行われ、同年三月二日に降下作業が終了した。作業開始から降下作業の終了までは三七日間である。
ウ 株式会社横河橋梁製作所(以下「横河橋梁」という。)は、長さ一三一メートルの三径間連続鋼箱桁の架設工事を請け負っていた。同社の工期は、平成二年三月三〇日から同年九月二六日までであったが、同社では、同年七月に入ってから橋桁の組立を始め、同月一〇日ころから架設作業に入って、同年八月一一日ころに横取作業を、同月二二日ころに降下作業(なお、後述するように、作業開始前から、安全確保を理由に、被告広島市の指定した工法を変更している。)をそれぞれ終了した。作業開始から橋桁の降下作業終了までは四五日間前後である。
(2) 横取降下工法を採用した工事現場は、本件現場を含め、一三箇所あったが、うち右(1)イ及びウの工事現場では、橋桁及び橋脚の構造並びにデザイン上の特殊性から転落の危険があると判断し、横取降下工法における降下方法を、横取りする桁(G1桁)を単独で降下する方法(受注に当たっての現場説明会で被告広島市が説明した工法である。以下「単独降下工法」という。)から、対になっている桁(G1桁とG2桁)を連結した上で同時に降下する方法(以下「連結降下工法」という。)に変更した。なお、連結降下工法は、単独降下工法に比較し、橋桁の全体の重心位置が橋脚の中央寄りに移動することから、安定性に優るという効果がある。
このうち、駒井鉄工では、横取作業中、作業員からジャッキで受けるところがない旨の連絡が入り、現場代理人が確認したところ、橋脚と橋桁の各南端が概ね同一鉛直上にあることが分かったので、より安全な工事を行うために連結降下工法に変更して架設したものであり、横河橋梁では、工事に先立って作成された安全衛生管理計画書の段階で連結降下を決定していたものである。
被告広島市は、約款において、請負業者が臨機の措置を講じる場合は被告広島市の監督員の意見を聞かなければならないと規定しており、右工事現場では、いずれも被告広島市の監督員に工法変更及び変更の理由を告げて了承を得ている。なお、横河橋梁が担当した工事現場の監督員は今岡であった。
(四) 施工計画書
(1) 被告サクラダの施工計画書は、当初、平成二年一〇月一〇日ころに、被告サクラダの業務計画課長であった山本潤により作成された。しかし、この計画書では、荷重計算やジャッキの反力計算がなされておらず、具体的な作業を念頭に置いた検討もされていなかった。また、橋桁の横移動距離が正確に計算されていなかったため、橋桁と橋脚の取り合い関係(橋桁のウェブ線が下フランジ面において橋脚の南端ぎりぎりか又ははみ出す形になること)が明らかになっていなかった。
その後、被告サクラダで現場代理人などをしていた藤田が多少訂正を加え、小島が、現地入りする直前の数日で前記の点を改善して、第一建設事務所に施工計画書を提出した(なお、施工計画書提出の日は明らかではないが、社印の押捺された最終工程表が添付されていることから考えて、平成三年二月二七日ころに提出されたものと推認される。)。
(2) 第一建設事務所は、各請負業者から事前に施工計画書及び下請負業者通知書の提出を受けているが、横取降下工法について、被告サクラダの施工計画書には、添付図面中の「架設要領」において、「3(d)横取り」と記載されているのみであった。
これに対し、横河橋梁の施工計画書では、「6―7桁の架設」の中の「(2) 横取り降下」として「横取りは、横取り時の安定性を考え、2主桁一体で行うものとする。」とされ、続けて、降下は五〇ミリメートルずつ行うこと、四本の橋脚中内側の二本で同時に降下作業を行った後、外側の二本について降下作業を行い、これを繰返すことが模式図と共に説明されている。
また、横河橋梁は、施工計画書において、主桁の重心位置を計算してベントの荷重条件を算出したり、荷重や反力等のデータは複数ポイントで取ったりするなど、被告サクラダに比べ、きめ細かい検討を加えている。
さらに、被告サクラダが第一建設事務所に提出した施工計画書等の書類には、橋桁の落下防止に関する安全対策は何ら明らかにされていなかった。
4(一) 以上のとおり、被告広島市の地方公共団体としての責務並びに本件工事に係る監督体制及び監督に係る準則からすると、被告広島市は、本件工事に関して、単に工事が契約どおりに施行されるか否かの観点からのみならず、工事の安全性確保の観点からも、手引に安全管理として規定されているような、請負業者による安全管理体制の整備やその機能の状況等についての監督をすべき義務を負っていたものである。
(二) 本件橋桁は、それ自体は安定した構造物であるが、通常の直方体の桁に比べれば、南側にバランスを失う可能性が高いことは否定できない。そして、本件工事は、このような本件橋桁を橋脚南端に、しかも一部が橋脚からはみ出すように設置するものであるから、作業員の僅かのミスにより本件橋桁がバランスを失して、橋脚から本件道路に転落する事故を招来する危険性のあることは、容易に予測することができるものである。
また、本件降下作業は、本件現場付近の道路について、通行止めの措置をとることなく行われ、橋脚の南側の道路が通行帯となっていたものであるから、本件橋桁が転落した場合、作業員のみならず右道路を通行する多くの市民の命を奪う大惨事となることは容易に想像することができたものである。
したがって、本件工事に関わる者全てが万全の態勢の下で細心の注意をもって作業あるいは監督に当たる必要があることはいうまでもなく、本件工事の監督(その内容は前記のとおりである。)に当たる被告広島市においても、当然、被告サクラダによる本件降下作業が現場監督による適切な監督の下に万全の注意を払って行われるように注意を払う必要があった。
(三) しかるに、前認定のとおり、被告サクラダが当初提出した工程表はその場しのぎともいうべき極めて杜撰なものであり、被告サクラダは、第一建設事務所の指導により、その内容を見直し、かつ被告サクラダの社印を押捺した最終工程表を提出したものであるが、当初の工程表に比べ、最終工程表の作業予定は大幅に遅延し、作業予定期間は、他の工事現場の半分程度に圧縮され、また、指示が錯綜して事故につながる危険性があるため、一般の架橋現場では行わないとされている並行作業が前提となっているものであって、被告広島市は、被告サクラダの工事態勢が極めて余裕のない状況にあることを知悉していたものである。
また、被告サクラダの提出した施工計画書には橋桁の落下防止に対する安全対策は何ら明らかにされてはいなかった。
さらには、被告サクラダは、他の工事現場において請負業者が励行していたような朝礼時等における危険予知活動を行っておらず、安全管理意識が希薄であったと認められるものであるが、被告広島市としては、請負業者の安全管理意識や態勢は把握しておくべきものであり、前認定の被告広島市の監督体制の下においては、被告サクラダの前記のような安全管理態勢の不備に反映される安全管理意識の希薄さといった状況は容易に知り得たものというべきである。
右の事情に加え、本件事故当時、最終工程表から更に一日の工事の遅れが生じていたことをも考慮すれば、被告広島市としては、被告サクラダが適切な監督のないまま、あるいは適切な安全対策をとらないまま、本件降下作業を施工することを予測し得たといわざるを得ない。
(四) 以上のように、被告広島市において知り又は社会通念上容易に知り得た事情を基礎とすれば、被告広島市としては、被告サクラダに対し、現場監督の適切な監督の下に作業を進めるべきことを厳重に指導することは勿論、一部の工事現場においては、橋桁の落下を防止するための臨機の措置として、降下工法を連結降下工法に変更した事情を踏まえて、被告サクラダに対して、とろうとしている安全対策を確認し、転倒防止ワイヤーを取り付ける等の安全対策をとるよう指示すべき義務があったというべきである。
(五) それにもかかわらず、被告広島市は、右義務を怠り、被告サクラダに対し、平成三年二月二八日に出したような型どおりの安全対策の指示をしたにとどまり、一歩誤れば大惨事を引き起こすおそれのある本件降下作業についての安全確保に関しては全く無関心であり、何らの確認、指示等もしなかったものである。
そして、本件事故は、直接的には、作業員によるジャッキ架台の設置方法やジャッキヘッドを当てる位置が不適切であったことに起因するものであるが、それは、被告サクラダの現場代理人である小園が、ベント移動作業の監督をするために本件降下作業の現場から離脱し、適切な監督のないまま本件降下作業が続行されたことによるものであって、被告広島市が監督権限を適切に行使し、被告サクラダに対し、現場監督の適切な監督の下に作業を進めるべきことを厳重に指導するとともに、転倒防止ワイヤーの取り付け等の安全対策を取るべきことを指示していれば、本件事故の発生を未然に防止することができたことは明らかである。
したがって、被告広島市が右義務を怠ったことにより本件事故が発生したものということができる。
(六) よって、被告広島市には、民法七一六条但書に規定する注文又は指図における過失があるものというべく、その余の争点につき判断するまでもなく、被告広島市は、本件事故について不法行為による損害賠償責任を負うと解すべきである。
四 争点4(被告国の責任)について
1 国賠法二条に規定する公の営造物とは、行政主体により公の目的に供される有体物又は物的設備をいうものであるところ、完成したアストラムラインの物的設備が公の営造物に該当することは明らかであり、また、完成して公の目的に供されていなくとも、これを公の営造物といい得る場合があるにしても、橋脚上に橋桁を設置する工事中であって、発注者が未だ引渡しを受けていない状態においてもこれが公の営造物と認められるかには疑問の余地がある。また、このような状態である段階において請負業者の作業の過誤による橋桁が落下したことを捉えて、公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったといえるかも疑問であるが、これらの点を措いても、以下のとおり、被告国は、国賠法三条一項に規定する費用負担者に該当すると認めることはできない。
2 国賠法三条一項の公の営造物の設置費用の負担者とは、当該営造物の設置費用につき法律上負担義務を負う者の他、この者と同等もしくはこれに近い費用を負担し、実質的にはこの者と当該営造物による事業を共同して執行していると認められる者であって、当該営造物の瑕疵による危険を効果的に防止し得る者も含まれると解すべきである(最高裁昭和五〇年一一月二八日第三小法廷判決・民集二九巻一〇号一七五四頁)。
3 アストラムラインは、それが設置される道路の構造の一部として整備されるものであり、その建設工事に関する費用は、都道府県にあっては、道路の管理に関する費用として道路管理者である地方公共団体の負担とされ(道路法四九条)、被告国は、裁量的に補助金を支出するものに過ぎない(同法五六条)。
アストラムラインの軌道を支持、構成する設備である本件各橋脚や本件橋桁等は、県道である本件道路の上に設置されているのであるから、その建設工事に関する費用は、本件道路の道路管理者である被告広島市が負担することとなる(道路法四九条、一五条、一七条一項、七条三項、地方自治法二五二条の一九第一項、地方自治法第二五二条の一九第一項の指定都市の指定に関する政令)。したがって、被告国は、アストラムライン建設工事につき法律上費用の負担義務を負う者ではない。
また、現実の費用負担については、証拠(甲二〇、丙一、一一)によれば、被告広島市担当工区のうち第一工区から第六工区までの総事業費三六二億七六〇〇万円のうち、被告国が支出した負担又は補助の額は、九一億九〇〇〇万円であり、右総事業費の25.3パーセントにしか過ぎないことが認められる。したがって、被告国が、法律上の費用負担者である被告広島市と同等もしくはこれに近い設置費用を負担しているとみることもできない。
さらに、本件計画の策定、実施の経過は第二の二(前提事実)に記載したとおりであり、右経過に照らせば、本件計画は被告広島市が主体となっていたものというべきである。
そして、アストラムラインの軌道は、全体として一本であり、構造上は一体をなしてはいるが、被告国と被告広島市とは、個々に独立して工事を担当していたものであって、被告広島市の担当工区について被告国が指揮又は指導する立場にあったと認めることができる証拠はない。
4 以上のことからすると、被告国が、被告広島市と本件計画を実質的に共同して執行していたものであり、かつ、被告広島市担当工区における工事中又は完成後の橋脚や橋桁から生じる危険を効果的に防止し得たと認めることはできない。
したがって、被告国は、アストラムラインの被告広島市担当工区について国賠法三条一項の費用負担者であると認めることはできないから、その余について判断するまでもなく、原告らの被告国に対する請求は理由がない。
五 争点5(損害)について
証拠(甲一〇〇ないし一〇三、原告金谷修、同薮田助次郎、同塚本孝信)に前記第二の二(前提事実)の点を併せれば、本件事故により、以下の損害が発生したものと認められる。
1 亡昇関係
(一) 逸失利益 三四五〇万二四二八円
亡昇は、広島市立工業高等学校定時制を卒業後、まじま有限会社に勤務し、事故前年の平成二年の給与年収は、二四二万八七〇〇円(ただし、同年九月三〇日に退職したので九か月間分)であった。右収入を年間に引き直すと、三二三万八二六六円であるから、右を基礎に生活費控除率を五〇パーセントとし、残余の就労可能年数三九年に対する新ホフマン係数21.3092を乗じて得られる三四五〇万二四二八円(一円未満の端数は切り捨てる。以下同じ。)をもって逸失利益と認める。
(二) 葬祭料 一二〇万円
(三) 慰藉料 二二〇〇万円
亡昇は、本件事故当時未だ二八歳であり、両親の離婚後、父方に引き取られた兄弟の中で、実質的な長男として、父親や弟らの精神的な支えとなっており、定時制高校に通いながら早くから働いて、経済的にも家族を支える存在であったものであるが、本件現場付近の道路を、安全と信じて疑わないで通行中、本件橋桁の落下により、一瞬にして車ごと押しつぶされて命を奪われたものであることからすると、その精神的苦痛を慰藉するための慰藉料の額は、掲記の額をもって相当と認める。
(四) 自動車全損の損害 二七九万円
亡昇が本件事故時に運転中であった同人所有の普通自動車は、本件事故により全損していることが明らかであるが、右自動車は、本件事故直前の平成三年二月に二七九万円で購入されたことが明らかであるから、右購入額と同額の損害が生じたものと認める。
(五) 以上により、亡昇に生じた損害は、合計六〇四九万二四二八円であり、原告金谷修及び同免出ミツ子は、右損害について、それぞれその二分の一に相当する三〇二四万六二一四円ずつの損害賠償請求権を相続した。
2 亡晃久関係
(一) 逸失利益 六一五九万六九四〇円
亡晃久は、昭和六一年三月に関西大学工学部を卒業後、本件事故当時はトピー工業株式会社に勤務していた。亡晃久は長男であり、父である原告薮田助次郎の経営する有限会社丹波精工の後継者として近い将来同社を継ぐ予定になっていたことが認められるが、同社で見込まれる年収は証拠上不明であるので、トピー工業株式会社において本件事故の前年に得た給与年収である四二六万六三七二円を基礎に逸失利益を算定することとし、本件事故当時臨月の妻がいたことを考慮して生活費控除率を三〇パーセントとし、残余の平均就労可能年数三七年に対する新ホフマン係数20.6254を乗じて得られる六一五九万六九四〇円をもって逸失利益と認める。
(二) 葬祭料 一二〇万円
(三) 慰藉料 二二〇〇万円
亡晃久は、本件事故前年の六月に結婚したばかりであり、本件事故当時、妻(原告尾中由美子)が臨月であって、第一子(原告尾中和子)の出産を控えていたものであるが、本件事故により一瞬にして命を奪われ、初めて授かった娘を見ることもかなわなかったことからすると、その精神的苦痛を慰藉するための慰藉料の額は、掲記の額をもって相当と認める。
(四) 自動車全損の損害 一三〇万円
亡晃久が本件事故時に運転していた普通自動車の購入代金は、付属設備込みで二六一万二七〇〇円であったことが認められるが、右代金額を本件事故時の時価相当額と認めることはできず、年式が判明しないことから、その約半額の一三〇万円をもって損害と認める。
(五) 以上により、亡晃久に生じた損害は、合計八六〇九万六九四〇円であり、妻であった原告尾中由美子と、本件事故当時胎児であって、本件事故直後の平成三年四月一日に誕生した亡晃久の長女の原告尾中和子は、右損害についてそれぞれの二分の一に相当する四三〇四万八四七〇円ずつの損害賠償請求権を相続した。
(六) なお、原告薮田助次郎及び同薮田美恵子につき、両親固有の慰藉料として各三〇〇万円を認めるのが相当である。
3 亡泰生関係
(一) 逸失利益 三四二六万八三四八円
亡泰生は、事故当時、広島経済大学商学部一回生であったから、賃金センサスによる平成六年大学卒業見込の男子の初任給である三二四万八〇〇〇円を基礎に、生活費控除率を五〇パーセントとし、残余の平均就労可能年数四四年に対する新ホフマン係数21.1012を乗じて得られる三四二六万八三四八円をもって逸失利益と認める。
(二) 葬祭料 一二〇万円
(三) 慰藉料 二二〇〇万円
亡泰生は、本件事故当時未だ二〇歳であり、その前年に入学した大学において、勉学にいそしむとともに、青春を謳歌しつつ、父を労わり、長男として家族の支えとなろうとしていたことが認められるものであることからすると、その精神的苦痛を慰藉するための慰藉料の額は、掲記の額をもって相当と認める。
(四) 以上により、亡泰生に生じた損害は、合計五七四六万八三四八円であり、両親である原告塚本孝信と同塚本弘子は、右損害について、それぞれ二分の一に相当する二八七三万四一七四円ずつの損害賠償請求権を相続した。
4 弁護士費用
本件事案の難易及び審理の状況等に照らし、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、原告金谷修及び同免出ミツ子について各三〇〇万円、原告尾中由美子及び同尾中和子について各四〇〇万円、原告薮田助次郎及び同薮田美恵子について各三〇万円並びに原告塚本孝信及び同塚本弘子について各三〇〇万円をもって相当と認める。
5 合計
したがって、被告サクラダ、同川鉄物流及び同広島市は、連帯して、それぞれ原告金谷修及び同免出ミツ子に対し各三三二四万六二一四円、同尾中由美子及び同尾中和子に対し各四七〇四万八四七〇円、同薮田助次郎及び同薮田美恵子に対し各三三〇万円、同塚本孝信及び同塚本弘子に対し各三一七三万四一七四円並びにこれらに対する本件事故の日である平成三年三月一四日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
第四 結語
以上のとおり、原告らの被告サクラダ、同川鉄物流、同広島市に対する請求は、主文第一項の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求及び被告国に対する請求は理由がないからこれを棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官佐藤修市 裁判官白井幸夫 裁判官武田絵理)
別紙<省略>